目覚めるとそこには、枕元に一冊のノートがあった。寝惚けて置いたのかな? などと考えもしたが、それは私の持っていないノートだった。一体、誰のモノなんだろう?

私は恐る恐るページを開いてみた。するとそこには『こんばんは、遅くにごめんね』
と一ページ目に書いてあった。他のページを開くも、何も文字は書かれていなかった。

「……」

私は誰かわからないメッセージに返事を出すか迷っていた。そもそも、私宛かどうかすら怪しいところだ。しかし、私の枕元に置いてあるのだから、私に何かしら伝えようとしているのだろう。

迷いながらも、もしかしたら私の返事を待っているのかもしれないと思い、私は『こんばんは。こちらこそ、夜分遅くにすみません。変な時間に目が覚めてしまったので、また寝ることにします。おやすみなさい』と返事を二ページ目に書いた。

そして、再び眠りについた。

☆☆☆

『かれん』

『ん……』

どこかで私の名前を呼んでいる声がする。だけど、なんでだろう? 身体が鉛のように重くて動かない。

『かれん、いつか……』

『誰? 貴方は一体誰なの!?』

☆☆☆

目の前にいる人物に、必死に手を伸ばそうとするも届かない。

「……夢、か」

私は目を開け、さっきまでのそれが夢だったことに気付く。夢の中に出てきた人物は制服を着ていた。恐らく学生だろう。

私は、その人を知っている気がする。だけど夢の中だったせいか、記憶が曖昧でちゃんと思い出すことが出来ない。

ふと、枕元にあったノートに視線をうつす。

「そうだ。返事……」

私はノートを開いた。

するとそこには『おはよう。昨日はよく眠れた? 今日は朝から大学だよね? 講義、頑張って』と書かれていた。

昨日から違和感だったことがあった。それは、この人物はやたら私に馴れ馴れしいということ。タメ口で話しているところを見ると知り合いなのだろうか。
しかし顔が見えない以上、それが男なのか女なのか、はたして、どんな人物なのかすら検討はつかない。それに、どうして私が大学生だということを知っているのだろう。

「っ……」

恐怖のあまり震えが止まらなかった。

だけど返事を出さないと、機嫌を損ねた相手が何かしてくるかもしれないと思い、『おはようございます。よく眠れました。大学、頑張ってきます』と返事を書いた。

一体、誰がこんなことをしているのだろう? と疑問に思いながらも講義の時間が迫っていたので、私は急いで家を出た。

講義は午前中で終わり、私は家に帰宅した。

「今日も疲れた」

倒れこむようにしてベッドにダイブする私。一コマ90分という講義に加え、今は三年なのでゼミもある。テストにレポートにゼミにとかなり大変だ。

私はノートを手に取り、返事は書かれているか見た。すると『しっかり休めたようで何よりだよ。今日はゼミもあって疲れただろうからゆっくり休むといい。たしか、君の好物のプリンが冷蔵庫にあったよね? 今日はそれを食べて元気を出すといいよ』と書かれていた

「なんで私の冷蔵庫の中身まで知ってるの?」

ゼミがあったことも冷蔵庫の中身もましてや私の好物の話すらもしていない。なのに、相手は私の全てを見ているかのように返事を返してくる。

「まさかストーカー?」

あたりを見渡すも、まわりには私以外誰もいない。それは当然だ。大学に入学してから、一人暮らしをしているのだから部屋には私しかいないはず。なのに、何故かナニかがいる気がする。それは人? それとも霊的なもの?

その日、私は返事を返さず大学のレポートを済ませ、眠りについた。

☆☆☆

翌日、昨日のことが怖くて堪らない私は警察に相談することにした。警察が私の部屋を調べるも、監視カメラや盗聴機などの類いは見つからなかった。警察が帰り、一人になった私はノートを開く。

『怖がらせてごめん。でも、僕は君のストーカーじゃない。思い出してほしい。僕のことを』

返事を出してもいないのに、そこには続きが書かれていた。僕と書かれていることから、おそらく彼は男性だろう。思い出す? 一体彼は何を言っているのだろう。だけど、最初に謝罪の言葉を言われると、私も悪いことをしてしまったと罪悪感に苛まれる。

『ごめんなさい、そんなつもりはなかったの。ただ、あまりにも怖くて。だけど貴方のことを思い出せそうにはありません』と綴った。

だけど、なんだろう。こうして、やりとりをしていくうちに何故か私は懐かしいという不思議な感覚にとらわれていた。

『いいんだ、僕が思い出してほしいって思っただけだから。君にとっては忘れていたほうがいい記憶だから』

『どういうことですか? 貴方と私に一体なにが?』

『ごめん。それは言えない』

『貴方の名前は?』

『それはもっと言えない』

と、やりとりを続けた。

私にとって忘れていたほうがいいという記憶とはなんなんだろう。思い出せない記憶に私はイライラしていた。それと同時に彼に悪意がないことがわかった。

だんだんとやりとりをしていくと自然と恐怖という感情は消え去り、むしろ彼が私にとって、どんな存在なのかという気持ちでいっぱいだった。私は彼とのやりとりが日々の楽しみになっていった。

『おはよう。今日は朝から雨が降ってるね。風邪引かないように気をつけて』

『おやすみ。今日も君がぐっすり寝れるように心から祈ってる』

『レポートの仕上げ頑張って。でも、無理はしないようにね』

毎日、労いの言葉や優しい言葉をかけてくれる彼。私はそんな彼に会いたいと思うようになった。  

『私、貴方に会いたいです』

とストレートな返事を出した。すると『僕はいつでも君の側にいるよ』と書かれていた。

“いつでも君の側にいる”
そんな言葉を私はどこかで言われた気がする。それはいつだったんだろう。

『だけど、もうやりとりは出来ないみたい。でも覚えていて。君の心の中に僕が存在してるってことを。じゃあ、またね。かれん』

「やりとりが出来ないってどういうこと?あっ……」

私はノートをジッと見つめた。すると、彼が綴った文章が最後のページだったのだ。

彼は私のことを知っている……。何か引っかかる。もう少しで思い出せそうなくらい、もうここまで出かかっている。

思い出すんだ、彼のことを。私は目を瞑り、過去のことを必死に思い出そうとした。

☆☆☆

「かれん。僕はいつでも君の心の中にいるよ。たとえ僕が死んでしまっても」

☆☆☆

「っ……慎也(しんや)」

全てのパーツが揃う。彼は高校時代に付き合っていた恋人、慎也。結婚すると誓った仲だった。だけど病に身体を犯され、慎也はこの世を去ってしまった。それは今から五年も前のこと。

私はそれがあまりのショックで慎也の存在を忘れていたのだ。だけど、忘れてはいけなかった。これは慎也との大切な記憶だから。そう、これは天使になった慎也からのメッセージ……。

~完~