姉はよく、日が沈むと出かけていた。






「おねぇちゃん、どこいくの?」


 もうとっくの前に太陽が沈んだ午後八時。玄関で靴紐を結ぶ姉に、幼い私は尋ねる。姉は手を動かしながら喋った。


「お姉ちゃんね、ちょっと散歩に行くの」


「ふーん。おねぇちゃん、いつもこのじかんだよね?」


「そうだね」


「どうして?」


 まだ小学校に入学したばかりの私は、高校生である姉の考えなど全くもって読めなかった。姉は立ち上がると、私を振り返った。自分のおへそあたりしか身長がない私のために身を屈ませて、何も言わずに、しなやかな腕でそっと頭を撫でる。


 
 姉に頭を撫でられることが、私は一番好きだった。姉は、唯一の家族だから。


 だけどその時、私はやっぱり姉の行動が気になって、喜ばなかった。


「おねぇちゃん、どうしてよるにおさんぽするの?よるはくらくてこわいから危ないって、テレビでゆってたよ」


「うーん、そうだねぇ……」


 姉は朗らかな笑みを浮かべたまま、しばらく私を見つめる。


「お姉ちゃんね、夜に忘れ物をしちゃったの」


「よるに?」


「そう。だからね、探しに行かなきゃいけないの」


「へんなの。わすれものならあかるいときでもできるよ?」


「そうだね。だけど、お姉ちゃんのは特別だから、夜じゃないと見つからないんだ」


「ふーん」


 へんだなぁ、なんて思いながらも、姉が言うんだから正しいと、その時の私は思っていた。


 姉は私の頭から手を離して膝を伸ばした。


「すぐに戻ってくるから、良い子にしてるんだよ」


「うん……。いってらっしゃい」


 正直、行ってほしくなかった。子供に備わっている不思議な勘が、まるで姉には2度と会えない、と言っているような気がした。だけど、姉を止めるなんて出来もせず、私は手を振った。


「行ってきます」


 玄関を開け、姉が外へ行く。扉の隙間から見えた外は、すごく暗くて、お化けでも出そうだった。


 ガチャリ、と扉が閉まると共に、しんと静まる。私はしばらく、玄関を眺めていた。もしかしたら、「やっぱり明日にしようかな」なんて言って姉が帰ってくるかもしれない。そんなことを期待したから。


 だけど、姉は私が玄関にいる間には帰ってこなかった。


 そして、その日が、姉を見た最後の日だった。