「いやぁぁぁぁ!!」
女は叫ぶ。
「……」
まだ二十にもなっていないであろう少年は無言で女を殺した。女を殺した槍は血で汚れている。
少年は持っていた槍を見つめると、手を離した。槍はカランカランと音を立て、地面に落ちた。
それはまるで少年の心が壊れていく音のよう。
「……ごめんなさい」
動かない女を見て、涙を流す少年。もう死んでいることは少年にはわかっていた。だけど、話しかけられずにはいられなかったのだ。
少年は黒い翼を広げ、空に飛び立つ。少年の正体、それは……。
* * *
女を殺し、一年が経った頃。
「また殺りにいかなくちゃ……」
そう静かに呟く少年の表情はとても悲しそうだった。少年の名はシキ。黒いマントを羽織り、黒い翼を羽ばたかせながら、少年は下界へ降りる。シキの正体、それは人ならざるもの。黒いマントを羽織っているのは服が血で汚れないようにするため。
シキはビルの最上階に立つと、下を見下ろした。今日の獲物は誰にしよう、シキはそう考えていた。シキには人を殺さないといけない理由があった。それは一年に一度訪れる余命宣告。少年が次の年を生きるためには人を殺さなければならない。自分が生きるために人を殺すなんて間違っている。シキは何度もそう思った。しかし、これはシキにとっての運命。けして抗うことはできない。
「見つけた」
人気のない路地裏を一人歩く女性が目に入る。シキは女性に気付かれないようにゆっくりと近づいた。
「!?」
いつもの槍で女性を背後から襲った。
「……」
女性は何が起こったかわからないまま、息を引き取る。
「ごめんなさい」
シキは去年と同じように死体を見つめ、謝罪をした。
(これで何人目だろう?)
ふと、シキの脳裏には、その言葉が浮かんだ。自分の為に犠牲になった人間たち。本来、シキは悪魔なので慈悲といったものは存在しない。人間を惑わし、狂わせる。それが悪魔なのだ。だが、シキは心優しい悪魔ゆえ、人間を殺す行為はひどく心が傷ついた。
「なにをしてるの?」
「っ!」
背後から声が聞こえ、シキはバッと後ろを振り向いた。そこには、腰まで伸びた黒髪に、まるで人形のような顔立ちの少女がいた。とても人間とは思えないような容姿にシキは戸惑いを隠せなかった。
「別に、なにも」
そう言って顔を逸らすシキ。あたりは暗いし、顔を見られてない今なら逃げることも出来る。そう考えていたが、それは少女の言葉であっけなく砕かれてしまう。
「ソレ、あなたがやったんでしょ?」
少女は『ソレ』と言いながら、ジッと死体を見つめた。
「そうだといったら?」
シキはゴクリと息を呑んだ。何故だかわからないが、少女の前で嘘を隠し通せる自信がない、と、シキは思った。
「どうもしない。ただ、あなたが人間らしいなって思っただけ」
「……?」
少女の言葉の意味がわからずシキは首を傾げた。
「わからない? 人間っていうのはね、自分が一番可愛い生き物なの。他人のために何かしてあげようって思っているのも、自分が相手から好かれるようにするためにしていること。自分か他人かと天秤にかけたとき、最後は結局、自分を選ぶのよ」
「……」
シキは図星をつかれ、何も言えなかった。否定しようにも否定することはできない。何故なら、今やっている行為そのものが、少女が言っていた言葉通りの行動だから。
「あなたが悪いってわけじゃない。人間みんなそうだから。でも、あなたは人間じゃないようね」
「なっ」
気付くと少女は既にシキの目の前にいて、シキの翼に触れていた。
「とても綺麗ね。翼があるってことは、あなた飛べるの?」
「え。う、うん」
さっきの発言がなかったかのように、少女は別の話をし始めた。
「一度でいいから、私も空を自由に飛んでみたい」
少女はニコッっと歯を見せて笑う。
「じゃあ、飛んでみる?」
シキは少女を見て、そう言った。
今日、シキは人を殺めた。そのため、来年までは生きることができる。
「どうやって?」
少女はシキを見て、素朴な疑問を投げかけた。
「俺の背中に乗ればいい。ほら」
「それもそうね。わかったわ」
シキにおんぶをされるような形になる少女。シキには少女が自分と同じく二十にもならない感じに見えた。しかし、よく見ると体型が幼稚すぎて実は子供なんじゃないか? と思った。
「いくよ」
バサッっと翼を広げ、空に飛び立つシキ。
「わぁ。嘘みたい。私、飛んでる」
「お気に召したみたいで良かった。あと、さっきの話なんだけど……」
シキは掘り返してはいけないと思いつつも気になり、少女に聞くことにした。
「あぁ、自分が一番可愛い生き物が人間って話?」
「そう。どうして、あんなことを言ったの?」
「それは……」
少女からさっきまでの笑顔が消え、暗い表情に戻る。
「そういう人たちを見てきたから。ただ、それだけ」
「そっか」
たった一言なのに、少女のその言葉はすごく重く感じた。これ以上は踏み込んではいけないのだろうと察したシキはそれ以上何も聞かなかった。
「私も聞いていい?」
「なに?」
「あなたはどうして人を殺してたの?」
「それ、は……」
シキは迷っていた。あれを見られてしまった以上、下手な嘘はつけない。だけど、本当のことを話していいのだろうか。それを話したら、それこそ、結局は自分が一番可愛いのねと言われ、引かれるのではないか。少女の返答を想像するだけでも、シキは真実を言うか悩んでいた。
「ねぇ、名前なんていうの?」
「俺? 俺はシキだけど」
「日本人らしくない名前」
少女は何かを察したのか、また話を変えた。
「君は?」
「私は....翡翠(ひすい)」
(とても綺麗な名前だ)
と、シキは思った。だが、それを直接本人に言うのは少し照れくさいので心の中で留めておくことにした。
「ねぇ、シキ。お願いがあるの」
翡翠は真剣な眼差しでシキを見つめ、言った。
「私と友達になってほしい」
「でも、俺は……」
「わかってる。人間じゃないってことくらい。それでも私は貴方と仲良くしたいの。それじゃダメ?」
「そんなことない。こんな俺で良ければ」
シキは恥ずかしくなったのか、頬が赤く染まる。
こうして、悪魔のシキに初めて人間の友達ができた。
* * *
翡翠という少女と友達になり、一年が経った。今日は彼が人を殺さなければならない日。
「シキ。どこに行くの?」
心配そうに見つめながら、シキの服をギュッと引っ張る翡翠。
「今日は大事な用事があるんだ」
「私との約束はキャンセルするっていうの? 今日は私を乗せて、空を飛んでくれるって言ってくれた」
二人が友達以上の関係になるのに、そう時間はかからなかった。
「ごめん。でも……」
「言い訳するシキは嫌い。ねぇ、そろそろ本当のことを話して」
シキはまだ翡翠に自分の秘密を話していなかった。
「わかった」
シキは覚悟を決め、翡翠に話すことにした。
「俺は一年に一度、人を殺さないと死んでしまうんだ」
「え……」
翡翠は驚きを隠せず、思わず声があがる。
「だから去年、翡翠と出会ったときも人を殺してたのは、それが理由なんだ。ごめん、今まで黙ってて」
「そう……」
翡翠はシキの話を聞きながら、別のことを考えていた。そして、こう言い放った。
「シキ。私を殺して」
「なに、いって」
「冗談でこんなこと言うと思ってる?」
「それは、翡翠に限ってないと思ってる。でも……」
「人間なら相手は誰でもいいんでしょ? なら、私でも問題はないわ」
(問題しかない)
とシキは思った。これが見知らぬ人間なら、きっと今まで通り、自分が生きるために殺したかもしれない。だが、翡翠は違う。今は俺の恋人なんだ。凄く大切で、失いたくない相手。だけど、明日から一緒にいるには誰かを殺さなくてはいけない。
「これ以上、あなたの悲しい顔は見たくないの。人間を見るたび、あなたは悲しそうな表情をしていた。あなたは優しいから考えちゃうんでしょ? その人には家族もいて、これから先の未来があるんじゃないか、って」
「なんで、わかるの?」
「シキ。私こそ黙っててごめんなさい。大好きよ、シキ」
「んっ……。ひ、すい!」
翡翠はシキの手にいつの間にか包丁を持たせ、自分を刺させた。
「これがあなたとの最後のキス。どうしてかしら? 血の味がするわ」
「翡翠、なんで……」
「これで来年まで貴方は生きられる。シキ、嬉しくないの? 来年まで生きられるのに、どうして泣いてるの?」
翡翠はそっとシキの頬に手を添えた。
「好きな人が目の前で死にそうになってて、笑えるわけがない」
シキの目からは涙が溢れていた。
「それも、そうかもね」
「翡翠、どうしてこんなことっ……」
「理由は一つしかないでしょ? 貴方が死ぬくらいなら私がそれを助ける。ただそれだけよ」
「それだけって……」
人間の命は、一人につき一つしかない。それはシキにはわかっていただからこそ、こんなところで翡翠には死んでほしくないのだ。
「私は自分と貴方を天秤にかけたら、真っ先に助けるのは貴方よ、シキ」
「うぅ……翡翠。俺を一人にしないで!!」
「あなたは生きて。シ、キ……」
頬に添えられていた手がスルリと下へ落ちていく。翡翠はそのまま静かに目を閉じた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
シキは叫んだ。まわりのことを気にしないくらいに。
「翡翠! 翡翠! 目を開けて」
返事がないとわかっていても、シキは必死に翡翠に声をかけ続けた。
「君がいない明日を生きたって辛いだけだ」
シキは立ち上がり、一歩、一歩と歩き出した。
「だけど俺が生きることを君が望むなら俺は生きる。絶対に死んだりしない」
シキは翼を広げ、空に飛び立った。
愛する人のため、自分が生きるため、彼は今日も人を殺め続ける……。
~完〜
女は叫ぶ。
「……」
まだ二十にもなっていないであろう少年は無言で女を殺した。女を殺した槍は血で汚れている。
少年は持っていた槍を見つめると、手を離した。槍はカランカランと音を立て、地面に落ちた。
それはまるで少年の心が壊れていく音のよう。
「……ごめんなさい」
動かない女を見て、涙を流す少年。もう死んでいることは少年にはわかっていた。だけど、話しかけられずにはいられなかったのだ。
少年は黒い翼を広げ、空に飛び立つ。少年の正体、それは……。
* * *
女を殺し、一年が経った頃。
「また殺りにいかなくちゃ……」
そう静かに呟く少年の表情はとても悲しそうだった。少年の名はシキ。黒いマントを羽織り、黒い翼を羽ばたかせながら、少年は下界へ降りる。シキの正体、それは人ならざるもの。黒いマントを羽織っているのは服が血で汚れないようにするため。
シキはビルの最上階に立つと、下を見下ろした。今日の獲物は誰にしよう、シキはそう考えていた。シキには人を殺さないといけない理由があった。それは一年に一度訪れる余命宣告。少年が次の年を生きるためには人を殺さなければならない。自分が生きるために人を殺すなんて間違っている。シキは何度もそう思った。しかし、これはシキにとっての運命。けして抗うことはできない。
「見つけた」
人気のない路地裏を一人歩く女性が目に入る。シキは女性に気付かれないようにゆっくりと近づいた。
「!?」
いつもの槍で女性を背後から襲った。
「……」
女性は何が起こったかわからないまま、息を引き取る。
「ごめんなさい」
シキは去年と同じように死体を見つめ、謝罪をした。
(これで何人目だろう?)
ふと、シキの脳裏には、その言葉が浮かんだ。自分の為に犠牲になった人間たち。本来、シキは悪魔なので慈悲といったものは存在しない。人間を惑わし、狂わせる。それが悪魔なのだ。だが、シキは心優しい悪魔ゆえ、人間を殺す行為はひどく心が傷ついた。
「なにをしてるの?」
「っ!」
背後から声が聞こえ、シキはバッと後ろを振り向いた。そこには、腰まで伸びた黒髪に、まるで人形のような顔立ちの少女がいた。とても人間とは思えないような容姿にシキは戸惑いを隠せなかった。
「別に、なにも」
そう言って顔を逸らすシキ。あたりは暗いし、顔を見られてない今なら逃げることも出来る。そう考えていたが、それは少女の言葉であっけなく砕かれてしまう。
「ソレ、あなたがやったんでしょ?」
少女は『ソレ』と言いながら、ジッと死体を見つめた。
「そうだといったら?」
シキはゴクリと息を呑んだ。何故だかわからないが、少女の前で嘘を隠し通せる自信がない、と、シキは思った。
「どうもしない。ただ、あなたが人間らしいなって思っただけ」
「……?」
少女の言葉の意味がわからずシキは首を傾げた。
「わからない? 人間っていうのはね、自分が一番可愛い生き物なの。他人のために何かしてあげようって思っているのも、自分が相手から好かれるようにするためにしていること。自分か他人かと天秤にかけたとき、最後は結局、自分を選ぶのよ」
「……」
シキは図星をつかれ、何も言えなかった。否定しようにも否定することはできない。何故なら、今やっている行為そのものが、少女が言っていた言葉通りの行動だから。
「あなたが悪いってわけじゃない。人間みんなそうだから。でも、あなたは人間じゃないようね」
「なっ」
気付くと少女は既にシキの目の前にいて、シキの翼に触れていた。
「とても綺麗ね。翼があるってことは、あなた飛べるの?」
「え。う、うん」
さっきの発言がなかったかのように、少女は別の話をし始めた。
「一度でいいから、私も空を自由に飛んでみたい」
少女はニコッっと歯を見せて笑う。
「じゃあ、飛んでみる?」
シキは少女を見て、そう言った。
今日、シキは人を殺めた。そのため、来年までは生きることができる。
「どうやって?」
少女はシキを見て、素朴な疑問を投げかけた。
「俺の背中に乗ればいい。ほら」
「それもそうね。わかったわ」
シキにおんぶをされるような形になる少女。シキには少女が自分と同じく二十にもならない感じに見えた。しかし、よく見ると体型が幼稚すぎて実は子供なんじゃないか? と思った。
「いくよ」
バサッっと翼を広げ、空に飛び立つシキ。
「わぁ。嘘みたい。私、飛んでる」
「お気に召したみたいで良かった。あと、さっきの話なんだけど……」
シキは掘り返してはいけないと思いつつも気になり、少女に聞くことにした。
「あぁ、自分が一番可愛い生き物が人間って話?」
「そう。どうして、あんなことを言ったの?」
「それは……」
少女からさっきまでの笑顔が消え、暗い表情に戻る。
「そういう人たちを見てきたから。ただ、それだけ」
「そっか」
たった一言なのに、少女のその言葉はすごく重く感じた。これ以上は踏み込んではいけないのだろうと察したシキはそれ以上何も聞かなかった。
「私も聞いていい?」
「なに?」
「あなたはどうして人を殺してたの?」
「それ、は……」
シキは迷っていた。あれを見られてしまった以上、下手な嘘はつけない。だけど、本当のことを話していいのだろうか。それを話したら、それこそ、結局は自分が一番可愛いのねと言われ、引かれるのではないか。少女の返答を想像するだけでも、シキは真実を言うか悩んでいた。
「ねぇ、名前なんていうの?」
「俺? 俺はシキだけど」
「日本人らしくない名前」
少女は何かを察したのか、また話を変えた。
「君は?」
「私は....翡翠(ひすい)」
(とても綺麗な名前だ)
と、シキは思った。だが、それを直接本人に言うのは少し照れくさいので心の中で留めておくことにした。
「ねぇ、シキ。お願いがあるの」
翡翠は真剣な眼差しでシキを見つめ、言った。
「私と友達になってほしい」
「でも、俺は……」
「わかってる。人間じゃないってことくらい。それでも私は貴方と仲良くしたいの。それじゃダメ?」
「そんなことない。こんな俺で良ければ」
シキは恥ずかしくなったのか、頬が赤く染まる。
こうして、悪魔のシキに初めて人間の友達ができた。
* * *
翡翠という少女と友達になり、一年が経った。今日は彼が人を殺さなければならない日。
「シキ。どこに行くの?」
心配そうに見つめながら、シキの服をギュッと引っ張る翡翠。
「今日は大事な用事があるんだ」
「私との約束はキャンセルするっていうの? 今日は私を乗せて、空を飛んでくれるって言ってくれた」
二人が友達以上の関係になるのに、そう時間はかからなかった。
「ごめん。でも……」
「言い訳するシキは嫌い。ねぇ、そろそろ本当のことを話して」
シキはまだ翡翠に自分の秘密を話していなかった。
「わかった」
シキは覚悟を決め、翡翠に話すことにした。
「俺は一年に一度、人を殺さないと死んでしまうんだ」
「え……」
翡翠は驚きを隠せず、思わず声があがる。
「だから去年、翡翠と出会ったときも人を殺してたのは、それが理由なんだ。ごめん、今まで黙ってて」
「そう……」
翡翠はシキの話を聞きながら、別のことを考えていた。そして、こう言い放った。
「シキ。私を殺して」
「なに、いって」
「冗談でこんなこと言うと思ってる?」
「それは、翡翠に限ってないと思ってる。でも……」
「人間なら相手は誰でもいいんでしょ? なら、私でも問題はないわ」
(問題しかない)
とシキは思った。これが見知らぬ人間なら、きっと今まで通り、自分が生きるために殺したかもしれない。だが、翡翠は違う。今は俺の恋人なんだ。凄く大切で、失いたくない相手。だけど、明日から一緒にいるには誰かを殺さなくてはいけない。
「これ以上、あなたの悲しい顔は見たくないの。人間を見るたび、あなたは悲しそうな表情をしていた。あなたは優しいから考えちゃうんでしょ? その人には家族もいて、これから先の未来があるんじゃないか、って」
「なんで、わかるの?」
「シキ。私こそ黙っててごめんなさい。大好きよ、シキ」
「んっ……。ひ、すい!」
翡翠はシキの手にいつの間にか包丁を持たせ、自分を刺させた。
「これがあなたとの最後のキス。どうしてかしら? 血の味がするわ」
「翡翠、なんで……」
「これで来年まで貴方は生きられる。シキ、嬉しくないの? 来年まで生きられるのに、どうして泣いてるの?」
翡翠はそっとシキの頬に手を添えた。
「好きな人が目の前で死にそうになってて、笑えるわけがない」
シキの目からは涙が溢れていた。
「それも、そうかもね」
「翡翠、どうしてこんなことっ……」
「理由は一つしかないでしょ? 貴方が死ぬくらいなら私がそれを助ける。ただそれだけよ」
「それだけって……」
人間の命は、一人につき一つしかない。それはシキにはわかっていただからこそ、こんなところで翡翠には死んでほしくないのだ。
「私は自分と貴方を天秤にかけたら、真っ先に助けるのは貴方よ、シキ」
「うぅ……翡翠。俺を一人にしないで!!」
「あなたは生きて。シ、キ……」
頬に添えられていた手がスルリと下へ落ちていく。翡翠はそのまま静かに目を閉じた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
シキは叫んだ。まわりのことを気にしないくらいに。
「翡翠! 翡翠! 目を開けて」
返事がないとわかっていても、シキは必死に翡翠に声をかけ続けた。
「君がいない明日を生きたって辛いだけだ」
シキは立ち上がり、一歩、一歩と歩き出した。
「だけど俺が生きることを君が望むなら俺は生きる。絶対に死んだりしない」
シキは翼を広げ、空に飛び立った。
愛する人のため、自分が生きるため、彼は今日も人を殺め続ける……。
~完〜