を開ける。入ってすぐ横の部屋から管理人らしい痩せた中年の男が現れて、彼に料金として一万円を支払った。
 管理人は、注意事項を紙に書いて部屋に置いてあるから、それを守ってほしいとだけ言った。
 わかりました、と返事をすると、鍵を一つ僕に渡された。ストラップも何も付いていない、飾り気のない鍵だった。それを持って、言われた部屋に入る。
 部屋の中には、テレビとベッドだけが置かれていた。二つは距離を取って置かれているので、中心がやけに寂しげだった。
 一応、テレビを載せている木製の台をテーブルの代わりとして使えそうだったが、特に必要でもないので手はつけなかった。
 何をする気にもなれず、ベッドの上で横になる。思えば、あの管理人はどう見ても訳ありな僕に何も尋ねてこなかった。気を遣ったのか、面倒を避けたのか。何にしても、干渉してこないのは助かった。
 頭の中は空っぽだった。何かについて思考する力はなく、霧がかかったようにぼんやりとしている。普段は絶対にない事だ。
 きっと、心身共に疲れ果てているのだろう。そうして天井をぼんやり眺めていると、いつしか眠ってしまっていた。
 眠っている間、やけに生々しい夢を見た。夢の中で僕は、民宿の部屋の中で何もせず正座していた。硬い床の上で、テレビを見るわけでも、スマホをいじるわけでもなく座っている。
 ふと、鍵をかけたはずの扉が開いて、何者かが姿を現した。腰が折れ曲がっていて、両手を背中に回している老人だった。
 背丈は小学生ほどしかなく、顔には老男の仮面を付けていた。仮面の口元は三日月の形をしていて、不気味に笑っている。口の部分には、一本たりとも歯が生えていなかった。
 そんな老男ともう一人、部屋に入ってくる者がいた。それは腰を四五度の角度で折って、おぼつかない足取りで老男の隣までやってくる。こちらは顔に、老婆の仮面を付けていた。やはり口元には不気味な笑みを湛えている。
 なんとも不可思議な老夫婦だったが、同じくらいにおかしな事がある。夢の中の僕は、気味の悪い老夫婦を前にして体をピクリとも動かせないのだ。
 内心では突然の事態に驚いて、ベランダから逃げ出してしまいたかったが、どうしても体は動いてくれない。正面に立っている老夫婦をただ眺めているだけだ。恐怖のために震えたり、緊張のあまり強張ったりもしていない。胸裏の感情とは真逆で、体は落ち着いてリラックスしている状態なのだ。