「はぁ……息苦しかった」
深呼吸をすると潮の香りが身体に染みて、心が解放感で満たされる。
今年の五月にコロナが五類になって以降、マスクをしない人はずいぶん増えた。
だけど私は電車内やお店の中、人の多い場所ではいまだにマスクをしないと落ち着かなかった。
いったい、いつになったらマスクを完全に手放せる日がくるのだろう。
なんて、つい後ろ向きに考えてしまうけれど。
目の前に広がる海で海水浴を楽しむ人たちを見たら、世界が〝コロナ前の生活〟を取り戻すために前進していることを実感した。
「あ……」
そのとき、肩にかけたカバンの中でスマホが震えた。
慌てて取り出して画面を見ると、【河野 智恵理】という親友の名前が表示されていた。
「はい、もしもし」
《六花~。今、どのあたり?》
電話に出ると、鈴を転がすような声が聞こえた。
だけどその声は、普段と比べると元気がない。