「これも、バレたら怒られちゃうやつだ」
体育館の施錠はどうにもできないけれど、ボールの片づけくらいは今の私にもできる。
親切心でボールを拾い上げた私は、それを対角線上にある体育館倉庫にしまいに行こうとした。
でも――倉庫に向かう途中で、懐かしい記憶が脳裏をよぎって足を止めた。
『もしも……ひとつだけ願いを叶えられるとしたら、どうする?』
それは高校三年生のとき、この場所で、高槻くんに言われた言葉だった。
反射的にフリースローラインに目を向けた私は、思わず息をのんだ。
海凪高校には、フリースローラインに立って願い事を口にしたあと、スウィッシュシュートを決めると、口にした願いが叶うという伝説がある。
スウィッシュシュートとは、ボールがゴールリングに当たらずに入るシュートのことをいう。
いったい、誰が言い始めたことなのか。
バカバカしい話だとは思うけれど、初めて聞いたときには夢のある伝説だと思った。
「高槻くん、なんで死んじゃったんだろう……」
フラフラと歩き出した私は――気がつくと、あの日の高槻くんと同じように、バスケットボールを持ってフリースローラインに立っていた。
途端に無力感ややるせなさ、悲しみや寂しさがあふれだす。
高槻くんは、私の初恋の人だった。
でも、私が密かに憧れていただけで、高槻くんに恋をしていたことは、親友の智恵理にすら話したことはなかった。
そもそも高槻くんと私は高校時代、あまり会話をしたことがない。
同じクラスになったこともあったし、男バスの部員とマネージャーという関係だったのに、友達とはいえない間柄だった。
目鼻立ちが整っているだけでなく、背が高くてスポーツ万能で。女子の憧れの的だった高槻くんは、地味で目立たない私にはとても遠い存在だったのだ。
だからあの日、体育館で偶然高槻くんと出くわしたときには驚いた。
そして、思えばあれが、高槻くんと交わした最後の会話だった。