ねがいをかなえてくれる奇妙で不思議なお店「ねがいや」。
 都市伝説の噂やネットなどで話題にはなっているのだが、まさか本当にそんな店があるなんて思わないだろう。でも、そんな店が実在するのだ。

 これは、偶然「ねがいや」を見つけた少年の話だ。恋人を事故で亡くしたばかりで、落ち込んでいた男子高校生が放課後とぼとぼと歩いている。元々明るい性格だが、最近は以前のように勉強や生活に打ち込むことはできないでいた。落ち込み、ひどい悲しみの淵に立たされた少年は、自分自身を保つことで精一杯だった。

 帰宅時にいつもの通学路を重い足取りで歩く。先程まで、誰もいなかったはずの路地に人の気配がする。振り返ると、知らない男が立っていた。見た目は20歳くらいだろうか? 物腰は穏やかそうで優しそうな男が口を開いた。
「探し物は何ですか?」
「探しても見つからないものですよ」
 俺はふてくされた返事をする。絶対に俺のねがいがかなうはずはないことを自分が一番よくわかっている。

「死んだ彼女を生き返らせるキャンディーが当店にはございますが、寄っていきませんか?」

 なぜ俺の事情を知っているのだろうと不思議に思ったが、毎日を普通に過ごしていても彼女に二度と会うことができないと思っていた俺は、この言葉に素直に応じた。普通に考えたら犯罪や誘拐に巻き込まれる可能性もあるのでついていくタイプではなかったが、ぽっかり空いた穴に男の言葉が刺さったといったほうがいいだろうか。その時は、考えることもなく自然と足が動いたのだった。

 男の後をついていくと、空き地だった場所に「ねがいや」と書いてある奇妙な駄菓子屋が現れたのだ。最近工事していた気配もなく、新しく建ったにしては古びた建物だった。

 ねがいやは暖かな木のぬくもりというイメージの建物の造りになっていて、古びていた。ままるで、俺を呼ぶかのように。暗闇の中で、ぽうっと浮かび上がる不思議な店がたたずむ。店のあかりが優しく灯っていた。それは暖かな光で、ぬくもりや愛情を感じるような気がした。

 都市伝説によると、ねがいやには店主である若手の男性が一人いるのだが……この男の正体を知るものは誰もいない。魔法使いなのか、異世界の住人なのか、人間なのかどうかも一切不明だ。もしねがいをかなえられたとしたら、それは店主が特別な能力があるのだろう。しかし、ネットの情報だ。ただ、店の名前が同じだけなのかもしれない。

 ガラガラ引き戸を開けると―――

 変わった様子は感じられなかった。普通の駄菓子屋だ。ぐるっと店の中を見渡して、特別な何かがないことを確認しながら、都市伝説のうわさについて、心の中で考えていた。

「これは、生き返りのキャンディー」
 店主はにこやかに真っ赤なキャンディーを目の前に近づける。それはビー玉のように澄んだ紅色だった。

「まさか……」
 詐欺のような感覚に襲われて警戒する。やっぱりネットの都市伝説の店なのだろうか? 半信半疑で俺は店主を見つめた。
 
「俺の恋人が事故で死んだんだ。生き返らせてほしい……なんてねがいはだめだよな?」
 冗談半分、本気半分だった。

「はい、可能ですよ」
 店主は明るい笑顔で、可能だと言い出す。死んだ人間を生き返らせるなんて神様でも難しいはずだ。もしかしたら、この男、神様なのかもしれないぞ。俺は都合のいいように解釈した。

 俺は、その話に食いついた。元々慎重な人間だからそういった話にはあまり食いつく方ではないが、どうしてもこれを逃してはいけないような気がした。万が一のチャンスがあるのならば、試してみたい。その一心でその男を俺はいつのまにか頼っていた。誰だって大切な人を取り戻したいと思うだろう。俺だってそうだ。また彼女と笑って話がしたいんだ。大切な人のために俺は犠牲になっても構わない。勇者か選ばれた英雄にでもなった気分になっていた。それくらいその時の俺は、心が高揚していたということだ。

「死んだ人間が生き返るのか?」
 俺は確認をする。そんな都合のいいことなどあるはずもないのに。科学的に無理なことはわかっているはずなのに、人間というものは往生際が悪いとでも言おうか。

「生き返りますが、生き返った人間には《《一部記憶がありません》》。だから、生き返った彼女は生前と少し性格は違うし、死んだという事実がなくなり、今の世界が少し変わってしまいます。それでもいいですか?」

「代償とかあるんだろ? お金がかかるとか、不幸になるとか」

 店主は丁寧な口調で説明をしてくれた。それは俺に安心感を抱かせるというという点で効果があった。優しい丁寧な口調は凝り固まった警戒心をほどかせる。

「あえていうならば、《《一度かなえたねがいを撤回することはできません》》」
「それだけか?」
 俺は食いつき気味になって質問と確認をした。

「幸せになるという保証もできませんが」
 店主は少し真面目な表情で俺を見た。

「お願いだ、彼女を生き返らせてくれないか? 結婚の約束もしていたんだ」
「いいですよ」

 意外と簡単に生き返るようで、俺はほっとしていた。契約は口頭で簡単なものだった。うまい話には裏があると言うが、それでもいい。もう一度、大好きな彼女に一目だけでも会いたい、その一心だった。俺の目の前で生きている、話している、笑っている。そんな当たり前を取り戻したい。死んだという事実をなくせばいいのだ。そうだ、俺は自分に対して、都合のいいようにしか考えられなくなっていた。

「このキャンディーを舐め終えたら生き返っていますよ」
「そうなんですか?」

 俺は半信半疑だった。魔法ならば、ステッキを振って呪文を唱えるとか、もっとわかりやすいアクションがありそうなのだが、あまりに地味な方法で、意外な気持ちになった。やっぱりだまされたのだろうか? でも、気になってしまう。俺は彼女の存在を確かめたくてキャンディーをかじってしまった。元々キャンディーを舐めるときはかじってしまうのが俺の昔からの癖なのだ。

「むかえにある公園のベンチに彼女がいますよ。消費税込みで100円です」

 100円を置くと、急いでむかえの公園に走る。早く彼女に会いたい。そこには、男が言う通り恋人である彼女がいた。死んだはずの彼女は無傷で公園のベンチにいつも通りに座っていた。

 俺は夢にまで見た感動の再会を果たす。きっと、俺たちは感動の再会を果たす。これから、ずっと一緒にいようと約束した仲なのだ。会えなかった日にちがあった分、愛が深まっているはずだ。少なくとも俺の中の愛は以前よりも熱く深い愛に変化していた。薄っぺらい好きという気持ちではない、もっと地底のマグマのような深くて熱い気持ちになっている。はやくこの手でマキを抱きしめたい。

「おかえり、マキ」
 俺は、会いたかった愛しい愛しい彼女にかけよった。
「あなたは誰?」
「俺のことがわからないのか?」
「わからない」
 そうか、一部記憶がないというのは俺の記憶がないのか。

「俺はおまえの彼氏の山上だ」
 丁寧に説明する。
「ヤマガミ?」
 彼女は一瞬固まった様子で、俺の名前を初めて聞いたかのような呼び方をした。

「マキは記憶喪失になっているんだよ」
 説明すればきっとわかってくれるはずだ。

「記憶はちゃんとあるけど、ここ、どこかわからなくって」
「お前は事故にあったのだけど、生き返らせてくれた人がいるんだ。その人が君から記憶の一部を奪ったんだ」
 俺は彼女の肩をつかんで、揺さぶる。彼女の目を覚まさせたい。きっと目覚めるはずだ。いつだって愛する人の想いの力で愛は生まれるのだから。愛のキスで姫が目を覚ますようなことはよくある話だ。ここまで来たのだから、彼女を取り戻さなければいけない。

「何を言っているの? あなたは、もしかしてストーカーなの?」
 彼女の目は警戒に満ち溢れていた。かつて俺を優しいまなざしで見てくれた彼女の瞳とは別人のようだった。今の世界が変わったのか? まさか店主が言っていた幸せになれるとは限らないとはこれのことなのだろうか。

「違うよ。俺は同じ高校の同級生で、本当に恋人だったんだ。証拠となる俺たちの写真を見るか?」

 俺は、スマホのアプリを開き写真を取り出そうとした。2人で撮った写真はいくらでもあるはずだった―――のに、1枚も見当たらない。どういうことだ? 俺は焦る。

 今が全て変わってしまったのか? マキが死んだという事実も、交際していた事実もすべて変わってしまったのか? あの店主が言っていたことは、こういうことだったのか? 俺の記憶がない彼女が生き返るという可能性を示唆していたのだろうか? 無料で慈善事業をするはずもないし、うまい話には罠があるということだったのかもしれない。

「俺たちは愛し合い、結婚の約束をしていた。マキ、もう一度やり直そう。俺はマキともう一度、1から恋愛をしたいと思っている。少しずつ好きになってほしい」
 俺は再び渾身の告白をした。誠意を込めて、心から愛するという覚悟を固めていた。

 しかし――
「何を言っているの? お付き合いしている人がいるんですけど」
 彼女の瞳は冷めていた。それはもう、俺の所には戻ってこないであろう冷たい瞳だった。

「なんだよそれ? 相手の男はどんなやつだ?」
 俺が近づくと、マキが驚き、大きな声を出す。

「警察呼びますよ。とにかく、もう付きまとわないでください」
 そう言って、出ていってしまった。俺はもう、この事実をどうすることもできずにいた。これ以上付きまとったらストーカーだとか不審者として訴えられたり、警察に通報されるだろう。

 仕方なく、俺は同級生という関係を続けるしかなかった。あの一件があって、彼女は生きて存在しているのに近づけない存在となってしまった。学校では、遠くから彼女の様子を目で追うのが俺の日課になっていた。

 放課後、マキがうれしそうにかけよっていく。待ち合わせだろうか。すると、校門の前で待っていたのはねがいやにいたあの優男だったのだ。彼女が手をつないで歩いて帰って行く。俺はあの男に騙されたのだろうか? 彼女を略奪されてしまったのだろうか? あの男はマキを奪うために蘇らせたのかもしれないし、蘇った彼女を気に入ったから、俺の記憶をマキから奪ったのかもしれない。俺は、彼女の生と引き換えにあの男に彼女をあげてしまったということだろうか?

 何が正しくて何が正しくないのか、もうわからなくなっていた。人間不信もいいところだ。しかし、いくらネットで調べても、ねがいやの店主の情報は出てこなかった。

 もしかしたら、彼女が死んでしまった時点で彼女とは別れていたのだろうか。無理やり生き返らせても、復縁することはなかったのだ。

 彼女は生き返ってはいなかったのかもしれない。なぜならばあの男が生きている人間かどうかなんて俺には判断もつかないからだ。死んだ者同士仲良くやっているのかもしれない。俺は彼女と学校内で会うことはできるが、他人以上の存在となってしまった。ちなみに元彼氏という認識は彼女だけではなく、クラスメイトにもなかった。

 その後も、俺は「ねがいや」という店を探すべく、毎日街をさまよったのだが、どうやっても見つかることもなく二度とあの店に行くことはできなかった。店があったはずの場所は元通りの空き地になっており、取り壊された様子はなかった。元からそんな店はここに存在していなかったのだ。

 もちろん、部屋のどこを探しても、写真のデータを確認しても、彼女の写真1枚見つかることはなかった。なぜなのかはわからないのだが、俺がマキと恋人だったという事実は消滅させられたのだ。

 恋人を事故で亡くしたという事実はなくなった。俺の記憶の中の彼女はこの世界のどこにもいない。俺の妄想だったのか虚言だったのかも今となってはもうわからないし、どうでもいい。だって、俺に彼女はいなかったことになってしまったのだから。
 
 彼女と同じ姿をした彼女が生きているならば、俺はうれしい。今でも彼女を愛している。あれ? 彼女を事故で亡くした時と結局何も変わっていないよな。
 毎日、彼女を失った悲しみを忘れようとしているのだから。

 俺は、制服のポケットに入れっぱなしになっていたキャンディーの袋を見つけた。よく見ると、小さな字で説明が書いてあるじゃないか。

『このキャンディーは舐め方次第で効果が変わります。ゆっくり舐めるとあなたが思い描いた幸せな未来が訪れます。キャンディーを噛み砕いてしまうと、あなたが望まない未来が訪れます』

 俺はこの時ばかりは普段の自分の癖を呪っていた。

 通学路、振り返るとそこにあの男がにこやかな顔で現れることがあるが、俺は絶対に無視して男についていかないと決めた。彼女のことを問い詰めても彼の言葉に嘘はなかった。そして、説明書に書いてあることを読まなかった俺が悪いのだ。

 今日もまた、ねがいやの店主が下校途中の通学路に振り返ると――そこにいるんだ。そして、非常に魅力的な甘い言葉をささやくんだ。

「志望校に簡単に合格できるチョコレートを入荷しましたよ」
「素敵な彼女に出会えるガムはいかがですか? ねがいやでお待ちしております」