ここは、ねがいをかなえてくれる居酒屋「ねがい」。
都市伝説の噂やネットなどで話題にはなっているのだが、まさか本当にそんな居酒屋があるなんて思わないだろう。
これは、偶然「ねがい」という居酒屋を見つけた男性の話だ。
恋人を事故で亡くしたばかりで、落ち込んでいた20代男性がやってきた。
居酒屋は暖かなイメージの建物の造りになっていて、のれんがかかっている。
暗闇の中で、ぽうっと浮かび上がる不思議な店がたたずむ。
居酒屋には店主である若手の男性が一人いるのだが……この男の正体を知るものは誰もいない。魔法使いなのか、異世界の住人なのか、人間なのかどうかも一切不明だ。
のれんをくぐってガラガラ引き戸を開けると―――
「いらっしゃいませ」
若い男性店主が出迎えてくれた。
「とりあえず生ビール」
男は暗い表情でカウンターに座る。
「お通し代わりに弱った胃に優しいおじやをお出しします。最近ちゃんと食べていないですよね?」
「あぁ、まぁ」
なんで、この店主は食べていないことを知っているんだ?
きっと俺の表情が暗いせいだ。知らない人にまで気づかれるくらいやせこけたか? 目にくまができているせいかもしれない。
店主はささっと一品料理を作る。
「特製おじやです。だしとたまごの絶妙なバランスが自慢の味です。食べることは生きる基本です。さあ食べてください」
俺は、出されたおじやをひとくち味わいながらかみしめる。空っぽの胃に優しい味がじんわりしみこむ。湯気が冷え切った体を温める。
「お客様、最近よく眠っていないようですね。悩みがあるのですか? ここはねがいがかなう居酒屋です。お好きな願いがあれば何でもかなえますが」
「え? なんだよそれ……」
ぼったくりバーみたいな感覚に襲われて警戒する。
「生ビールです」
俺は出されたビールを一気飲みして憂さを晴らそうとしていた。最近はそんなことばかりの連続だ。酒を浴びるように飲んで忘れようとする。でも、忘れることはできない。
「俺の恋人が事故で死んだんだ。生き返らせてほしい……なんてねがいはだめだよな?」
「いえ、可能ですよ」
飲むことを辞めてその話に食いついた。元々慎重な人間だからそういった話にはあまり食いつく方ではないが、どうしてもこれを逃してはいけないような気がした。万が一のチャンスがあるのならば、試してみたい。その一心でその男を俺はいつのまにか頼っていた。
「死んだ人間が生き返るのか?」
「しかし、生き返った人間には一部記憶がありません。だから、生き返った彼女は生前と少し性格は違うし、死んだという事実がなくなり、今が変わってしまいます。それでもいいですか?」
「代償とかあるんだろ? お金がかかるとか」
「あえていうならば、一度かなえたねがいを撤回することはできません」
「それだけか?」
「幸せになるという保証もできませんが」
「お願いだ、彼女を生き返らせてくれないか? 結婚の約束もしていたんだ」
「いいですよ」
意外と簡単に生き返るようで、俺はほっとしていた。契約は口頭で簡単なものだった。
「あなたの自宅に彼女がいます。さあ、帰宅してください」
「これはお代だ」
ビールを残したまま俺はビール代に少し足した金額を支払った。ねがいをかなえてくれたのならば、その代金を少しでもお礼がしたかったのだ。本当かどうかもわからないのに。
そのまま急いで近くにある自宅に戻った。早く彼女に会いたい。
そこには、男が言う通り恋人である彼女がいた。
死んだはずの彼女は無傷で俺の部屋にいつも通りに座っていた。
「おかえり、マキ」
俺は、かけよった。
「あなたは誰?」
「俺のことがわからないのか?」
「わからない」
そうか、一部記憶がないというのは俺の記憶がないのか。
「俺はおまえの彼氏で婚約者の山上だ」
「ヤマガミ?」
「お前は記憶喪失になっているんだよ」
「記憶はちゃんとあるけど、ここ、どこかわからなくって」
「お前は事故にあったのだけど、生き返らせてくれた人がいるんだ。その人が君から俺の記憶を奪ったんだよ」
「何を言っているの? もしかして、誘拐とか犯罪者なの?」
「違うよ。俺はちゃんと会社員として働いているし、俺たちの写真を見るか?」
俺は、机の引き出しをあけて、写真を取り出した。2人で撮った写真はいくらでもあるはずだった―――のに、1枚も見当たらない。どういうことだ?
今が全て変わってしまったのか? マキが死んだという事実も、交際していた事実もすべて変わってしまったのか?
「俺たちは愛し合い、結婚の約束をしていた。マキ、もう一度やり直そう。俺はマキともう一度、1から恋愛をしたいと思っている。少しずつ好きになってほしい」
「何言っているの? 私、既に結婚しているんですけど」
「なんだよそれ? 相手の男はどんなやつだ?」
近づくと、マキが驚き
「警察呼びますよ。とにかく、もう付きまとわないでください」
そう言って、出ていってしまった。
俺は彼女の実家に連絡をしてみたり、結婚をしているのかという事実を確認するべく調査をした。すると、彼女は最近入籍したという事実が確認された。相手は、居酒屋の店主だと聞いたが、もしかして、「ねがい」という店の店主だろうか? 俺は、彼女の生と引き換えにあの男に彼女をあげてしまったということだろうか?
いくら調べてもそれ以上の情報は出てこなかった。
そして、俺は「ねがい」という居酒屋を探すべく、毎日街をさまよったのだが、どうやっても見つかることもなく二度とあの店に行くことはできなかった。
今、俺はしがない独身男だ。
恋人を事故で亡くしたという事実はなくなった。
俺の記憶の中の彼女はこの世界のどこにもいない。
俺の妄想だったのか虚言だったのかも今となってはもうわからないし、どうでもいい。
彼女と同じ姿をした彼女が生きているという事実が俺はうれしい。
そう言い聞かせながら、今日も酒を浴びるように飲んでいる。
あれ? 彼女を事故で亡くした時と結局何も変わっていないよな。
毎日酒をたくさん飲んで悲しみを忘れようとしているのだから。
都市伝説の噂やネットなどで話題にはなっているのだが、まさか本当にそんな居酒屋があるなんて思わないだろう。
これは、偶然「ねがい」という居酒屋を見つけた男性の話だ。
恋人を事故で亡くしたばかりで、落ち込んでいた20代男性がやってきた。
居酒屋は暖かなイメージの建物の造りになっていて、のれんがかかっている。
暗闇の中で、ぽうっと浮かび上がる不思議な店がたたずむ。
居酒屋には店主である若手の男性が一人いるのだが……この男の正体を知るものは誰もいない。魔法使いなのか、異世界の住人なのか、人間なのかどうかも一切不明だ。
のれんをくぐってガラガラ引き戸を開けると―――
「いらっしゃいませ」
若い男性店主が出迎えてくれた。
「とりあえず生ビール」
男は暗い表情でカウンターに座る。
「お通し代わりに弱った胃に優しいおじやをお出しします。最近ちゃんと食べていないですよね?」
「あぁ、まぁ」
なんで、この店主は食べていないことを知っているんだ?
きっと俺の表情が暗いせいだ。知らない人にまで気づかれるくらいやせこけたか? 目にくまができているせいかもしれない。
店主はささっと一品料理を作る。
「特製おじやです。だしとたまごの絶妙なバランスが自慢の味です。食べることは生きる基本です。さあ食べてください」
俺は、出されたおじやをひとくち味わいながらかみしめる。空っぽの胃に優しい味がじんわりしみこむ。湯気が冷え切った体を温める。
「お客様、最近よく眠っていないようですね。悩みがあるのですか? ここはねがいがかなう居酒屋です。お好きな願いがあれば何でもかなえますが」
「え? なんだよそれ……」
ぼったくりバーみたいな感覚に襲われて警戒する。
「生ビールです」
俺は出されたビールを一気飲みして憂さを晴らそうとしていた。最近はそんなことばかりの連続だ。酒を浴びるように飲んで忘れようとする。でも、忘れることはできない。
「俺の恋人が事故で死んだんだ。生き返らせてほしい……なんてねがいはだめだよな?」
「いえ、可能ですよ」
飲むことを辞めてその話に食いついた。元々慎重な人間だからそういった話にはあまり食いつく方ではないが、どうしてもこれを逃してはいけないような気がした。万が一のチャンスがあるのならば、試してみたい。その一心でその男を俺はいつのまにか頼っていた。
「死んだ人間が生き返るのか?」
「しかし、生き返った人間には一部記憶がありません。だから、生き返った彼女は生前と少し性格は違うし、死んだという事実がなくなり、今が変わってしまいます。それでもいいですか?」
「代償とかあるんだろ? お金がかかるとか」
「あえていうならば、一度かなえたねがいを撤回することはできません」
「それだけか?」
「幸せになるという保証もできませんが」
「お願いだ、彼女を生き返らせてくれないか? 結婚の約束もしていたんだ」
「いいですよ」
意外と簡単に生き返るようで、俺はほっとしていた。契約は口頭で簡単なものだった。
「あなたの自宅に彼女がいます。さあ、帰宅してください」
「これはお代だ」
ビールを残したまま俺はビール代に少し足した金額を支払った。ねがいをかなえてくれたのならば、その代金を少しでもお礼がしたかったのだ。本当かどうかもわからないのに。
そのまま急いで近くにある自宅に戻った。早く彼女に会いたい。
そこには、男が言う通り恋人である彼女がいた。
死んだはずの彼女は無傷で俺の部屋にいつも通りに座っていた。
「おかえり、マキ」
俺は、かけよった。
「あなたは誰?」
「俺のことがわからないのか?」
「わからない」
そうか、一部記憶がないというのは俺の記憶がないのか。
「俺はおまえの彼氏で婚約者の山上だ」
「ヤマガミ?」
「お前は記憶喪失になっているんだよ」
「記憶はちゃんとあるけど、ここ、どこかわからなくって」
「お前は事故にあったのだけど、生き返らせてくれた人がいるんだ。その人が君から俺の記憶を奪ったんだよ」
「何を言っているの? もしかして、誘拐とか犯罪者なの?」
「違うよ。俺はちゃんと会社員として働いているし、俺たちの写真を見るか?」
俺は、机の引き出しをあけて、写真を取り出した。2人で撮った写真はいくらでもあるはずだった―――のに、1枚も見当たらない。どういうことだ?
今が全て変わってしまったのか? マキが死んだという事実も、交際していた事実もすべて変わってしまったのか?
「俺たちは愛し合い、結婚の約束をしていた。マキ、もう一度やり直そう。俺はマキともう一度、1から恋愛をしたいと思っている。少しずつ好きになってほしい」
「何言っているの? 私、既に結婚しているんですけど」
「なんだよそれ? 相手の男はどんなやつだ?」
近づくと、マキが驚き
「警察呼びますよ。とにかく、もう付きまとわないでください」
そう言って、出ていってしまった。
俺は彼女の実家に連絡をしてみたり、結婚をしているのかという事実を確認するべく調査をした。すると、彼女は最近入籍したという事実が確認された。相手は、居酒屋の店主だと聞いたが、もしかして、「ねがい」という店の店主だろうか? 俺は、彼女の生と引き換えにあの男に彼女をあげてしまったということだろうか?
いくら調べてもそれ以上の情報は出てこなかった。
そして、俺は「ねがい」という居酒屋を探すべく、毎日街をさまよったのだが、どうやっても見つかることもなく二度とあの店に行くことはできなかった。
今、俺はしがない独身男だ。
恋人を事故で亡くしたという事実はなくなった。
俺の記憶の中の彼女はこの世界のどこにもいない。
俺の妄想だったのか虚言だったのかも今となってはもうわからないし、どうでもいい。
彼女と同じ姿をした彼女が生きているという事実が俺はうれしい。
そう言い聞かせながら、今日も酒を浴びるように飲んでいる。
あれ? 彼女を事故で亡くした時と結局何も変わっていないよな。
毎日酒をたくさん飲んで悲しみを忘れようとしているのだから。