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「咲也って、空の絵描くの上手だね」

 それはまだ、小学生の頃。
 図工の授業で同じ班になった颯馬が、俺の画用紙を覗き込んで言ってきた。

「まじで本物の空みたい」

 生まれて初めて、自分の描いた絵を褒められて、俺はたまらないほど嬉しく思った。

「だって俺、空大好きだから、毎日眺めてるもん」
「へー」
「なあ、颯馬。これって、いつの空だとおもう?」

 机の上。颯馬が見やすいように、画用紙を立てて聞く。彼は「うーん」とひとつ唸ってから、「今」と答える。

「ばーか。これのどこが今なんだよ」
「じゃあ、いつ」
「これはな、秋の空だ。お前にはこのひつじ雲が見えないのか」

 空はまるで、百面相。
 雲の位置や形。朝、昼、晩。それに春夏秋冬。
 いつ何時(なんどき)見ても、同じ顔はしていないから、俺は空を描くのが昔から大好きだった。

 なるほど、と瞳を輝かせた颯馬は、自身の画用紙を裏返す。

「その空描きたいっ!俺も咲也みたいに絵が上手になりたいっ!どうやって描くの!?」

 描きかけの絵を途中で放り投げてまで、俺と同じものを描きたいと言ってくれた颯馬を目に、俺はまた、心の底から嬉しくなる。

「じゃあまずは、グラデーションのやり方からだ。空には大気っていうものがあるから、これを表現するとリアルになる」

 得意げに、知り得る限りのハウツーを、惜しげもなく颯馬に伝授した俺。
 すると颯馬は秀才なのか天才なのかはわからぬが、まさに俺とそっくりの絵を完成させた。

 そっくりの絵。もとい、俺よりも優れた絵だ。