ーーー夜の砂浜。火薬の匂いと、雲の中にいるような煙。はしゃぐ黄色い声と、色とりどりの火花と、汗ばむ首筋、そこに吹く潮風が心地いい。
これは理想の夏。理想の青春。理想の関係。理想の日常。理想の物語。
ナルは空中で解読不能の文字を描こうと花火を振り回して。
香坂先生はうまく点火しない花火を、すでに点火した美琴の花火に当てて点火を待ち。
椿と七海姉妹は仲良く隣り合わせで、色の変わる花火に見とれている。
やけに花火の煙が目に沁みる。ああ楽しいなって心からそう思う。
やっぱりもう少しここにいたななんて感情もまた。
でもそれは隠したままにしておこう。この花火が終われば僕たちはもう。
今年最後の花火とは良く言ったものだが。これは正真正銘、僕らの最後の花火だ。
はしゃぎ疲れた頃にはもう、残りの花火は線香花火だけとなっていた。
「やっぱり最後はこれですね!」と七海の提案により、僕、七海、美琴、ナル、香坂先生、椿の並びで円になる。
「勝負とか無粋な事は言わないよな」
「当たり前じゃないですか!純粋に楽しみましょうよ。最後まで」
その最後までという七海の言葉にみんなが神妙に微笑む。
この火玉が落ちる後にはもうカウントダウンは終わりに近づく。
僕たちは中央に着火口を集めて、一気に火をつける。
多少の誤差はあっても全員の花火は点火して、綺麗な火花を散らせはじめた。
その火花を見つめて思うのは、今日これまでの日々だ。
僕らがずっと囚われていたのは過去ではなく未来だったんだなと思う。
僕らはいつの間にか過去ではなく、未来を見て、未来を変えるためにここにいて、こうして青い春を謳歌していた。
正に潮騒のような日々だったけど、やっぱりそれが心地よかった。
僕の理想を詰めこんだこの世界での時間は、静かに火玉と一緒に落ちていった。
ーーー 別荘内ダイニング。
僕は定位置であるお誕生日席に立ち、部室の席順で皆もグラスを手に起立している。
僕の目の前には持参したパソコン。液晶には僕の描いた物語が映し出されており、カーソルは一番最初に登場した、僕の名前にあわせてある。
あとは、deleteを押せば全てが終わる。
「よし。じゃあ。代表して部長!一言、よろしく!」とナルが場を仕切ると「うん!」と椿が口を開いた。
「えっと。いよいよこの時が来たね。正直まだちゃんと整理できてるかわからないし、言いたい事もたくさんあるし、でもそれも全て総じて思うのは。やっぱり好きだなぁ。私はここがみんながどうしようもなく」
照れたようにでも満面な笑みでそう言いきる椿。
「はい。私もです。どんな言葉よりもそれが一番しっくりきます。好きです。私も潮騒部が。先輩方、先生、椿ねぇも好きです。刹那先輩!大好きです!!」
そんな真っ直ぐ向けられた好意に僕も笑顔を返した。
「みんな自慢の生徒だよ!」と香坂先生も鼻高々だ。
「私も間違いなく私史上最高の友になる。これから先も。そう思えるほどここは心地よかったは。愛してるは心から」と美琴はまだ瞳を潤ませるが、今度は涙を溢すことはない。
「代表の挨拶のはずだったんだけどな?まぁいいか。俺も何の疑いもなくここが好きだ。一生分の親友にも出会えたしな!」とナルが僕に向け親指を立てる。
僕もそれに応えるように親指を立て返す。
「じゃあさやっぱり最後は刹那くんだね!よろしくね!」
「うん!」
僕はみんなから受けたバトンを心に留める。
「みんなありがとう。僕もみんなと過ごした時間は少なかったけどとても楽しかったよ。きっと、僕らは再会するまで心の深いところで常に変わらず笑いあっていたんだと思う。心のふるさとみたいにね。本当に本当にありが………違うね。大好きだよみんな!」
そこで全員の笑顔が重なる。不思議だ今は全然怖くない、寂しくない、哀しくない。
「それじゃあ」
僕は左手に持つグラスを掲げる。
「ありがとう、さよなら。そして、またね!」
乾杯の代わりに、「またね」という言葉が重なるとみんながグラスを掲げて、それを一気に喉に流し込んだ。
沸き上がる言葉や感情を押し込むようにして。
そしてみんながジュースを飲みきる間近に僕は空いた右手でdeleteキーを押しこんだ。
その瞬間、白い靄のような光が僕だけを包んだ。
その光景をみんなが驚愕したように見守っている。
徐々に光は強くなり僕の体も透明になっていく。
「ありがとう。ありがとう」
僕はそう口するものの上手く言葉にならない。きっとみんなにも届いていない。
みんなも口々に何かを叫んでいるが聞こえない。
そうしているうちに僕の視界もすっかり白い光に包まれていき、みんなの顔も見えなくなってしまった。
でもその中で微かに椿のこんな声聞こえた気がした。
「ありがとう。刹那くんは私達のヒーローだよ!」
その瞬間、僕の思考は無になって視界も完全に閉ざされていった。
ーーーーピッピッという電子音に目を覚ます。
「刹那!!」
最初に僕が認識したのは、父と母の顔だった。久しぶりに見たその顔には疲れが見える。
その背景には白い天井と白い壁。背中から感じる感触は柔らかくもあり硬くもある。
どうやらここは病院のようだ。そうか。僕は戻ってこれたようだ。
戻って………?これた?
そうだ。僕は戻ってこれたんだ。記憶が、記憶がしっかりと残っている。
何一つかけることなく残っている。
そうか。良かった。消えなくて良かった。本当に良かった。
気づけば僕は瞳から涙を溢していた。
仰向けの僕のこめかみあたりに涙が滴る。
両親は安堵したように涙を浮かべていて、その姿にあの世界の両親を重ねてしまう。
これからあの世界とのギャップに苦労しそうだなと、寂しさを圧し殺すように口角を上げてた。
ーーーー2年後。あれから僕は執筆活動により精力的に取り組んでいた。
そのお陰で書籍化まで漕ぎ着けることが出来た。
処女作は青春一直線のボーイミーツガールで、若い世代中心にそこそこ話題になっているようだ。
そして絶賛、次回作に取り込み中の僕は作業机の前で頭を抱えている。
資料とプロットとにらめっこしながら、液晶に打ち込む文字に苦戦していた。
一旦、背筋を伸ばしてコーヒーを口に含む。
そして自然と視線はひとつの方向に向けられる。
ディスクの上。ガラスケースに丁寧に容れられたメモリースティック。
運良く事故の影響もなく無傷で生還したお守りのようなものだ。
その中にはとある物語が綴られている。
幼なじみの少年少女5人が海に行き、そこで姉妹が崖から海へと落下してしまう。
2人の少年は急いで助けに向かい、1人の少女は大人たちを呼びに走る。
1人の少年が姉妹の姉の体を支える。しかし妹は未だ海中だ。
そこへ颯爽と現れたのが、たまたま遊びに来ていた新たな少年で。
その少年は妹を救う事に成功する。
それから、10年後。幼なじみの通う高校に、幼少期に妹を助けた少年が転校してくる。
そこから始まる幼なじみに1人加え、子供みたいな顧問も加えた、潮騒のように騒がしい部で日々を送るというストーリーだ。
そしてこの物語はまだ完成していない。完成させるつもりもない。
少年と幼なじみたちが再会して、幼なじみ達だけで発足された部に入部した所まででこの物語は終わっている。
この続きを綴るのは僕であって僕ではない。
「頼んだよ。保月刹那」
僕はガラスケースを指でトントンと叩いてその想いを託した。
保月刹那。僕の代わりにその世界を生きる僕自身に。
ーーーーインステッドアライブ 完
これは理想の夏。理想の青春。理想の関係。理想の日常。理想の物語。
ナルは空中で解読不能の文字を描こうと花火を振り回して。
香坂先生はうまく点火しない花火を、すでに点火した美琴の花火に当てて点火を待ち。
椿と七海姉妹は仲良く隣り合わせで、色の変わる花火に見とれている。
やけに花火の煙が目に沁みる。ああ楽しいなって心からそう思う。
やっぱりもう少しここにいたななんて感情もまた。
でもそれは隠したままにしておこう。この花火が終われば僕たちはもう。
今年最後の花火とは良く言ったものだが。これは正真正銘、僕らの最後の花火だ。
はしゃぎ疲れた頃にはもう、残りの花火は線香花火だけとなっていた。
「やっぱり最後はこれですね!」と七海の提案により、僕、七海、美琴、ナル、香坂先生、椿の並びで円になる。
「勝負とか無粋な事は言わないよな」
「当たり前じゃないですか!純粋に楽しみましょうよ。最後まで」
その最後までという七海の言葉にみんなが神妙に微笑む。
この火玉が落ちる後にはもうカウントダウンは終わりに近づく。
僕たちは中央に着火口を集めて、一気に火をつける。
多少の誤差はあっても全員の花火は点火して、綺麗な火花を散らせはじめた。
その火花を見つめて思うのは、今日これまでの日々だ。
僕らがずっと囚われていたのは過去ではなく未来だったんだなと思う。
僕らはいつの間にか過去ではなく、未来を見て、未来を変えるためにここにいて、こうして青い春を謳歌していた。
正に潮騒のような日々だったけど、やっぱりそれが心地よかった。
僕の理想を詰めこんだこの世界での時間は、静かに火玉と一緒に落ちていった。
ーーー 別荘内ダイニング。
僕は定位置であるお誕生日席に立ち、部室の席順で皆もグラスを手に起立している。
僕の目の前には持参したパソコン。液晶には僕の描いた物語が映し出されており、カーソルは一番最初に登場した、僕の名前にあわせてある。
あとは、deleteを押せば全てが終わる。
「よし。じゃあ。代表して部長!一言、よろしく!」とナルが場を仕切ると「うん!」と椿が口を開いた。
「えっと。いよいよこの時が来たね。正直まだちゃんと整理できてるかわからないし、言いたい事もたくさんあるし、でもそれも全て総じて思うのは。やっぱり好きだなぁ。私はここがみんながどうしようもなく」
照れたようにでも満面な笑みでそう言いきる椿。
「はい。私もです。どんな言葉よりもそれが一番しっくりきます。好きです。私も潮騒部が。先輩方、先生、椿ねぇも好きです。刹那先輩!大好きです!!」
そんな真っ直ぐ向けられた好意に僕も笑顔を返した。
「みんな自慢の生徒だよ!」と香坂先生も鼻高々だ。
「私も間違いなく私史上最高の友になる。これから先も。そう思えるほどここは心地よかったは。愛してるは心から」と美琴はまだ瞳を潤ませるが、今度は涙を溢すことはない。
「代表の挨拶のはずだったんだけどな?まぁいいか。俺も何の疑いもなくここが好きだ。一生分の親友にも出会えたしな!」とナルが僕に向け親指を立てる。
僕もそれに応えるように親指を立て返す。
「じゃあさやっぱり最後は刹那くんだね!よろしくね!」
「うん!」
僕はみんなから受けたバトンを心に留める。
「みんなありがとう。僕もみんなと過ごした時間は少なかったけどとても楽しかったよ。きっと、僕らは再会するまで心の深いところで常に変わらず笑いあっていたんだと思う。心のふるさとみたいにね。本当に本当にありが………違うね。大好きだよみんな!」
そこで全員の笑顔が重なる。不思議だ今は全然怖くない、寂しくない、哀しくない。
「それじゃあ」
僕は左手に持つグラスを掲げる。
「ありがとう、さよなら。そして、またね!」
乾杯の代わりに、「またね」という言葉が重なるとみんながグラスを掲げて、それを一気に喉に流し込んだ。
沸き上がる言葉や感情を押し込むようにして。
そしてみんながジュースを飲みきる間近に僕は空いた右手でdeleteキーを押しこんだ。
その瞬間、白い靄のような光が僕だけを包んだ。
その光景をみんなが驚愕したように見守っている。
徐々に光は強くなり僕の体も透明になっていく。
「ありがとう。ありがとう」
僕はそう口するものの上手く言葉にならない。きっとみんなにも届いていない。
みんなも口々に何かを叫んでいるが聞こえない。
そうしているうちに僕の視界もすっかり白い光に包まれていき、みんなの顔も見えなくなってしまった。
でもその中で微かに椿のこんな声聞こえた気がした。
「ありがとう。刹那くんは私達のヒーローだよ!」
その瞬間、僕の思考は無になって視界も完全に閉ざされていった。
ーーーーピッピッという電子音に目を覚ます。
「刹那!!」
最初に僕が認識したのは、父と母の顔だった。久しぶりに見たその顔には疲れが見える。
その背景には白い天井と白い壁。背中から感じる感触は柔らかくもあり硬くもある。
どうやらここは病院のようだ。そうか。僕は戻ってこれたようだ。
戻って………?これた?
そうだ。僕は戻ってこれたんだ。記憶が、記憶がしっかりと残っている。
何一つかけることなく残っている。
そうか。良かった。消えなくて良かった。本当に良かった。
気づけば僕は瞳から涙を溢していた。
仰向けの僕のこめかみあたりに涙が滴る。
両親は安堵したように涙を浮かべていて、その姿にあの世界の両親を重ねてしまう。
これからあの世界とのギャップに苦労しそうだなと、寂しさを圧し殺すように口角を上げてた。
ーーーー2年後。あれから僕は執筆活動により精力的に取り組んでいた。
そのお陰で書籍化まで漕ぎ着けることが出来た。
処女作は青春一直線のボーイミーツガールで、若い世代中心にそこそこ話題になっているようだ。
そして絶賛、次回作に取り込み中の僕は作業机の前で頭を抱えている。
資料とプロットとにらめっこしながら、液晶に打ち込む文字に苦戦していた。
一旦、背筋を伸ばしてコーヒーを口に含む。
そして自然と視線はひとつの方向に向けられる。
ディスクの上。ガラスケースに丁寧に容れられたメモリースティック。
運良く事故の影響もなく無傷で生還したお守りのようなものだ。
その中にはとある物語が綴られている。
幼なじみの少年少女5人が海に行き、そこで姉妹が崖から海へと落下してしまう。
2人の少年は急いで助けに向かい、1人の少女は大人たちを呼びに走る。
1人の少年が姉妹の姉の体を支える。しかし妹は未だ海中だ。
そこへ颯爽と現れたのが、たまたま遊びに来ていた新たな少年で。
その少年は妹を救う事に成功する。
それから、10年後。幼なじみの通う高校に、幼少期に妹を助けた少年が転校してくる。
そこから始まる幼なじみに1人加え、子供みたいな顧問も加えた、潮騒のように騒がしい部で日々を送るというストーリーだ。
そしてこの物語はまだ完成していない。完成させるつもりもない。
少年と幼なじみたちが再会して、幼なじみ達だけで発足された部に入部した所まででこの物語は終わっている。
この続きを綴るのは僕であって僕ではない。
「頼んだよ。保月刹那」
僕はガラスケースを指でトントンと叩いてその想いを託した。
保月刹那。僕の代わりにその世界を生きる僕自身に。
ーーーーインステッドアライブ 完