ーーーー僕たちはバルコニーに腰を落ち着かせた。これからの話をするためだ。
選択肢はたった2つだけ。
僕の存在を消して浅井晴也の生きる未来を作ること。
もうひとつは、このまま僕がこの世界で生き続けるということ。
ここでふと思った。多分これは現世の僕の分岐点なのだろうと。
ここから旅立つを選んだ場合、元の世界へ帰還できる。
ここで生きる事を選んだ場合、元の世界の僕はきっと。
そう考えれば僕の気持ちは揺るがなかった。前者を選ぼう。元の世界で僕は生き続ける事ができる。そして、この世界で浅井晴也も生き続ける事ができる。
これ以上にない最善策だと思う。
しかし、ナルはその僕の逆を行こうという考えに落ち着いているようだった。
「なんつうかさ、今はもう晴也が居ない事に馴れちまったのかもしれないな。もちろん晴也が生きているのならそれに越したことはないんだろうけどよ」
「そうだね。刹那くんの居ない日々なんて考えられないもん」
そうナルに同調した椿の瞳に陰りが見えた。無理もない初恋できっとまだ想い人でもある浅井晴也を取り戻すチャンスがそこにあるのだ。
「私は刹那先輩の選択を支持したいと思います。これは確かに私達の問題でもあるでしょうが、一番は刹那先輩がどうしたいかだと思いますから」
これで均衡状態に突入というわけだが無理もない。一世一代の大決断となるわけだから、そう易々とは決められないだろう。
「私は。どうしたいかは正直わからないわ。どちらの選択も正しいと思うもの。それでも、もし刹那くんが迷っていたのなら、これだけは言えるわ。私は幸せだったわよ。間違いなく毎日楽しくて、今も昔も変わらず。この世界の始まりは刹那くんあなたなの。だから。ありがとう。刹那くん」
議会を開始してからずっと無口だった美琴が堂々とそう述べた。
僕たちはその様子を唖然と見つめる。
それは美琴の言葉を聞いたからではなく、美琴の瞳から零れ落ちた光る物に気づいてしまったからだ。
美琴が泣いている。いつも凛として悠々として、誰よりも大人らしい美琴が。
「ごめん。でも。私、本当に、本当にみんなが、潮騒部が大好きだから…………」
そしてまた言葉にしてそれに応えるように溢れでる涙。
ああ。美琴の宣言。泣くという宣言の答えがこれか。
いつもクールに見せてはいるが、本当は誰よりも潮騒部を愛しているのは美琴なのかもしれない。
そして実は誰よりも泣き虫なのも。そしてその心が温かいたいうことも。
「美琴ちゃん…………っぐす」
美琴につられるようにして椿も泣いてしまう。
「椿ねぇぇぇーー!うわぁぁぁん」
更には七海までも泣き出してしまう始末だ。
「み、みんな!先生はずっとみんなの味方だよぉぉぉぉ!」
更には寄り添い合う3人を包み込むように抱き締めて、誰よりも子供らしい泣き声をあげる香坂先生。
それを呆然と見守る男2人という構図が出来上がってしまった。
「なぁ。今、すげぇ思い出したんだけどよ。昔、子供の頃によ、美琴にちょっかいかけて泣かせた事あったんだよ。あの時と、え?俺どうすればいいの?この世の終わりだぁぁ~って場面あるじゃん。今一瞬あれを感じた」
「ああ~なんとなく分かる気がする」と冷静な僕らは宥め方の術を知らずにただ途方に暮れていた。
そして4人が同じように白目を充血させたところで、再び本題に入ることにした。
「あの。僕からひとついいかな?完全にそうとは決まっていないから憶測でしかないんだけどね」
僕はそう前置きを入れる。ひとつだけ思い当たる節があった。この件に終止符を打つ方法を。
「僕は何回か過去の改変にチャレンジした事があったんだ。そこでナルにひとつだけ聞いておきたい事があるんだけどいい?」
「ん?俺か?何だ?」
「うん。夏休みにさ一緒にゲームセンターに行ったの覚えてる?ほら、狩りゲーの猫のぬいぐるみをクレーンゲームで取った日だよ」
「う~ん」
ナルは記憶を捻りだそうと何度か唸り声をあげると、諦めたかのように首を横に振る。
「いや、全然覚えてないわ。てか、俺夏休みにゲーセンは行ってねぇし、誰かと間違ってんじゃねぇの?」
「うん。ありがとう。やっぱりそうだよね」
そうゲームセンターへ行ったという過去は改変してある。そして僕にはその記憶は残れど、他の人は忘れてしまう。これで完全に証明できたという訳だ。
「つまりね、過去を改変するとみんなの中からも記憶は消される。だけど、僕だけは例外で改変後も記憶は残っているんだ。だからね、もし僕がいない世界に改変して、僕が元の世界に戻ったとして、そこでも僕は記憶を保持することができるかもしれない。そうしたら、あっちの世界でこの物語の原作これに手を加えてみてはどうかなって。僕も居て、浅井晴也の生きている世界に」
記憶が残る保証はないけれど、これに賭けてもいいと僕は思う。
「でもそれって結局、元の世界に戻ったあなただけが取り残されしまっているようで、なんだか気が退けるわ」
美琴のごもっともな意見が飛ぶ。
「うん。でもさ。僕はそれでいいんだ。もしかしたらパラレルワールドで、ここではない世界がもうひとつ生まれるかもしれない。それでもいい。違う世界線の僕らが出会い、こんな風に続いていくのならそれでいい。その事実があるならそれでいいんだ」
僕はしんみりと言葉を並べた。未来図に思い馳せるように。
「まぁ。そうだな。刹那がそう決めたんならそれでいいか」
ナルは口角をつり上げて僕の肩に腕を回す。
「うん!私も異論はないよ!ただ、過去を改変するとして、それはいつ実行するの?」
そんな椿の問いに答える準備はもうできていた。
「この過去を変える力を手に入れて、自分の世界の記憶もすっかり取り戻して、きっと決断へのカウントダウンはもう始まっていると思うんだ。憶測でしかないけどね。だから、このままずるずると行くのは危険というか、何が起こっても不思議じゃない。だからやるなら出来るだけ早めにだと思ってる。まぁ。今日中でもとは思ってた」
只でさえイレギュラーな僕が、更にイレギュラーな武器を手に入れてしまった、まさに鬼に金棒。
そんな状態でこの世界に留まることで、もしかしたらこの世界に多大な影響を及ぼしかねない。
それに、このままずるずるとここで過ごしていれば、気持ちが変わってしまうかもしれないから。
「そうですか。そう。ですよね。じゃあ!せめて!みんなでこれをやりましょうよ!」
七海はそう言って椿と顔を見合せると、それぞれのバッグから手持ち花火の袋を取り出した。
「合宿の時は花火できなかったし、今日折角ここに戻ると決めたから、2人でやろうと思って持ってきたの。もしかしたらみんなもいるかなって、何かそんな気がして多めに持ってきちゃった」
「なるほどね。ここの主に一報もいれずに花火をしようとね?」
「いやいや、美琴ちゃん!それに関してはここに来る途中に謝ったじゃん!お許しを!!」
椿は美琴に向けて手の平を擦り合わせている。
「よし!今日は私達潮騒部のお別れ会であり、始まりの会でもあるということだね!」
そして意気揚々と立ち上がった香坂先生はいつの間に取り出していた缶ビールのタブを起こした。
「おいおい。あっちゃん。ビールって。車で来たんじゃないのかよ?」
「え?ま、まぁね。大丈夫よ!1本くらい。夜まで休めばアルコールは抜けるし!」
そう言って躊躇なくビールを煽る香坂先生に、肩をすくめて呆れ顔のナル。
私達も飲み物買ってこようと立ち上がる女性陣3人。
「あ、ビールも」とオーダーする香坂先生。
「未成年に買ってこいと?」と正論をかます美琴。
「あ!じゃあ先生もいく!ついでに奢っちゃう!」とその一行に加わる香坂先生。
「俺たちも行こうぜ。刹那」
「うん!」
ナルに促されるまま僕たちもその行列に並んだ。
こうして僕の、僕らの最後の日が更けていった。
選択肢はたった2つだけ。
僕の存在を消して浅井晴也の生きる未来を作ること。
もうひとつは、このまま僕がこの世界で生き続けるということ。
ここでふと思った。多分これは現世の僕の分岐点なのだろうと。
ここから旅立つを選んだ場合、元の世界へ帰還できる。
ここで生きる事を選んだ場合、元の世界の僕はきっと。
そう考えれば僕の気持ちは揺るがなかった。前者を選ぼう。元の世界で僕は生き続ける事ができる。そして、この世界で浅井晴也も生き続ける事ができる。
これ以上にない最善策だと思う。
しかし、ナルはその僕の逆を行こうという考えに落ち着いているようだった。
「なんつうかさ、今はもう晴也が居ない事に馴れちまったのかもしれないな。もちろん晴也が生きているのならそれに越したことはないんだろうけどよ」
「そうだね。刹那くんの居ない日々なんて考えられないもん」
そうナルに同調した椿の瞳に陰りが見えた。無理もない初恋できっとまだ想い人でもある浅井晴也を取り戻すチャンスがそこにあるのだ。
「私は刹那先輩の選択を支持したいと思います。これは確かに私達の問題でもあるでしょうが、一番は刹那先輩がどうしたいかだと思いますから」
これで均衡状態に突入というわけだが無理もない。一世一代の大決断となるわけだから、そう易々とは決められないだろう。
「私は。どうしたいかは正直わからないわ。どちらの選択も正しいと思うもの。それでも、もし刹那くんが迷っていたのなら、これだけは言えるわ。私は幸せだったわよ。間違いなく毎日楽しくて、今も昔も変わらず。この世界の始まりは刹那くんあなたなの。だから。ありがとう。刹那くん」
議会を開始してからずっと無口だった美琴が堂々とそう述べた。
僕たちはその様子を唖然と見つめる。
それは美琴の言葉を聞いたからではなく、美琴の瞳から零れ落ちた光る物に気づいてしまったからだ。
美琴が泣いている。いつも凛として悠々として、誰よりも大人らしい美琴が。
「ごめん。でも。私、本当に、本当にみんなが、潮騒部が大好きだから…………」
そしてまた言葉にしてそれに応えるように溢れでる涙。
ああ。美琴の宣言。泣くという宣言の答えがこれか。
いつもクールに見せてはいるが、本当は誰よりも潮騒部を愛しているのは美琴なのかもしれない。
そして実は誰よりも泣き虫なのも。そしてその心が温かいたいうことも。
「美琴ちゃん…………っぐす」
美琴につられるようにして椿も泣いてしまう。
「椿ねぇぇぇーー!うわぁぁぁん」
更には七海までも泣き出してしまう始末だ。
「み、みんな!先生はずっとみんなの味方だよぉぉぉぉ!」
更には寄り添い合う3人を包み込むように抱き締めて、誰よりも子供らしい泣き声をあげる香坂先生。
それを呆然と見守る男2人という構図が出来上がってしまった。
「なぁ。今、すげぇ思い出したんだけどよ。昔、子供の頃によ、美琴にちょっかいかけて泣かせた事あったんだよ。あの時と、え?俺どうすればいいの?この世の終わりだぁぁ~って場面あるじゃん。今一瞬あれを感じた」
「ああ~なんとなく分かる気がする」と冷静な僕らは宥め方の術を知らずにただ途方に暮れていた。
そして4人が同じように白目を充血させたところで、再び本題に入ることにした。
「あの。僕からひとついいかな?完全にそうとは決まっていないから憶測でしかないんだけどね」
僕はそう前置きを入れる。ひとつだけ思い当たる節があった。この件に終止符を打つ方法を。
「僕は何回か過去の改変にチャレンジした事があったんだ。そこでナルにひとつだけ聞いておきたい事があるんだけどいい?」
「ん?俺か?何だ?」
「うん。夏休みにさ一緒にゲームセンターに行ったの覚えてる?ほら、狩りゲーの猫のぬいぐるみをクレーンゲームで取った日だよ」
「う~ん」
ナルは記憶を捻りだそうと何度か唸り声をあげると、諦めたかのように首を横に振る。
「いや、全然覚えてないわ。てか、俺夏休みにゲーセンは行ってねぇし、誰かと間違ってんじゃねぇの?」
「うん。ありがとう。やっぱりそうだよね」
そうゲームセンターへ行ったという過去は改変してある。そして僕にはその記憶は残れど、他の人は忘れてしまう。これで完全に証明できたという訳だ。
「つまりね、過去を改変するとみんなの中からも記憶は消される。だけど、僕だけは例外で改変後も記憶は残っているんだ。だからね、もし僕がいない世界に改変して、僕が元の世界に戻ったとして、そこでも僕は記憶を保持することができるかもしれない。そうしたら、あっちの世界でこの物語の原作これに手を加えてみてはどうかなって。僕も居て、浅井晴也の生きている世界に」
記憶が残る保証はないけれど、これに賭けてもいいと僕は思う。
「でもそれって結局、元の世界に戻ったあなただけが取り残されしまっているようで、なんだか気が退けるわ」
美琴のごもっともな意見が飛ぶ。
「うん。でもさ。僕はそれでいいんだ。もしかしたらパラレルワールドで、ここではない世界がもうひとつ生まれるかもしれない。それでもいい。違う世界線の僕らが出会い、こんな風に続いていくのならそれでいい。その事実があるならそれでいいんだ」
僕はしんみりと言葉を並べた。未来図に思い馳せるように。
「まぁ。そうだな。刹那がそう決めたんならそれでいいか」
ナルは口角をつり上げて僕の肩に腕を回す。
「うん!私も異論はないよ!ただ、過去を改変するとして、それはいつ実行するの?」
そんな椿の問いに答える準備はもうできていた。
「この過去を変える力を手に入れて、自分の世界の記憶もすっかり取り戻して、きっと決断へのカウントダウンはもう始まっていると思うんだ。憶測でしかないけどね。だから、このままずるずると行くのは危険というか、何が起こっても不思議じゃない。だからやるなら出来るだけ早めにだと思ってる。まぁ。今日中でもとは思ってた」
只でさえイレギュラーな僕が、更にイレギュラーな武器を手に入れてしまった、まさに鬼に金棒。
そんな状態でこの世界に留まることで、もしかしたらこの世界に多大な影響を及ぼしかねない。
それに、このままずるずるとここで過ごしていれば、気持ちが変わってしまうかもしれないから。
「そうですか。そう。ですよね。じゃあ!せめて!みんなでこれをやりましょうよ!」
七海はそう言って椿と顔を見合せると、それぞれのバッグから手持ち花火の袋を取り出した。
「合宿の時は花火できなかったし、今日折角ここに戻ると決めたから、2人でやろうと思って持ってきたの。もしかしたらみんなもいるかなって、何かそんな気がして多めに持ってきちゃった」
「なるほどね。ここの主に一報もいれずに花火をしようとね?」
「いやいや、美琴ちゃん!それに関してはここに来る途中に謝ったじゃん!お許しを!!」
椿は美琴に向けて手の平を擦り合わせている。
「よし!今日は私達潮騒部のお別れ会であり、始まりの会でもあるということだね!」
そして意気揚々と立ち上がった香坂先生はいつの間に取り出していた缶ビールのタブを起こした。
「おいおい。あっちゃん。ビールって。車で来たんじゃないのかよ?」
「え?ま、まぁね。大丈夫よ!1本くらい。夜まで休めばアルコールは抜けるし!」
そう言って躊躇なくビールを煽る香坂先生に、肩をすくめて呆れ顔のナル。
私達も飲み物買ってこようと立ち上がる女性陣3人。
「あ、ビールも」とオーダーする香坂先生。
「未成年に買ってこいと?」と正論をかます美琴。
「あ!じゃあ先生もいく!ついでに奢っちゃう!」とその一行に加わる香坂先生。
「俺たちも行こうぜ。刹那」
「うん!」
ナルに促されるまま僕たちもその行列に並んだ。
こうして僕の、僕らの最後の日が更けていった。