ーーー日曜日。昨日から一睡もせずにみんなとの会話の台本を頭の中で描いては、くしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てていた。

いつも通りの会話を心がけても、いつも通りってなんだ?どんな会話をしていたっけ?と直ぐに暗礁に乗り上げてしまう始末。

ぐちゃぐちゃになった頭の中をスッキリとさせたい。

そう思い立った僕は気分転換にと出掛ける支度を始めた。

ーーー電車に揺られ目的地へと向かう。リュックにはパソコンとメモリースティック。これから行く先で、何か妙案でも見いだせればと思いボーッと外の景色を眺める。

建物が徐々に少なくなっていき、代わりに緑や茶色の景色が増えていく。

つい1ヶ月も経たないくらい前にこの場所に来ていたんだよなと時の流れの速さを実感する。

そうして降り立った駅から僕は記憶の道なりに歩を進めてそこへ戻って来ていた。

そう。僕らの始まりの場所。そしてついこの前、合宿に来ていたこの場所に。

私有地のため不法侵入をしている僕は、許可を取るために別荘のインターホンを押す。

中から木霊のようにインターホンの音色が聞こえてくる。

しかし、待てど暮らせと返答はない。まぁ別荘なのだから、誰かが常住しているわけでもないか。しまったな。美琴に一言伝えておくべきだったか。

まぁいいか。例え見つかったとしても美琴の友人だと言えば見逃してくれるだろう。

僕は別荘の側面を辿り、海岸への道を進んでいく。

今日も合宿の日と同じように太陽が活発だった。

少し歩いただけで汗だくになっていた僕は、早く潮風を浴びようと歩のスピードを上げた。

「うわぁ!やっぱり変わらずここからの景色はいいなぁ~」

このフレームに映るもの全てに無駄はない。海面に反射する光りも、空を飛ぶ鳥も、ゴツゴツと不恰好な岩肌も、踏みしめれば沈んでいきそうなくらい柔なかな砂浜海岸も、全てが合わさってこの絶景を生んでいる。

僕は鞄と靴と靴下を脱いで、長ズボンの裾をあげて波打ち際に腰をかける。

押しては引いていく波音が心地いい。その波が連れてきた潮風が心地いい。カンカン照りでも、この波打ち際ではその日差しでさえ心地いい。

おかげで頭がすっかりクリアになった気がする。

この頭で思い馳せるのはこれからのこと。ではなく、これまでの思い出ばかりで、やっぱり僕だってこの世界に未練があることを思い知る。

「まぁ、そんな簡単に割りきれるもんでもないかな」

と大きく背筋を伸ばした。

「何が割りきれないんですか?」

「うぇ!?」

1人きりだと思っていた。そんな僕の背後からそう聞きなれた後輩の声がしたものだから僕は驚いて振り返る。

「こんにちは先輩!」

満面の笑みの七海。それはまるで幻のように輝いていた。

「七海?どうしてここに?」

「いえ。考えてる事は多分大体一緒ですよ。私も刹那先輩も、みんなも!」

「みんな?」

そこで僕はようやっと気がついた。七海の背後から近寄る4つの人影に。

「なんで?みんな………」

それは間違いなく潮騒部の面々で、誰もがにこやかに歩み寄ってくる。

「おうよ!一番乗りは刹那か?」と意気揚々にナル。

「今日も暑いはね~。日傘差してくれば良かったわ」と優雅に美琴。

「ビールね!こういう日はビールに限るね!あとイカ焼き!」とハイテンションな香坂先生。

「刹那くーん!こんにちわ!」と大きく手を振る椿。

ここ数日間が夢だったかのように、普通があさっりと訪れる。

「みんなも来たんだね」

僕の目の前に並び立つ5人の姿に涙腺が緩んでしまいそうだ。

「まぁ、なんつうかさ。お前の話をここ数日考えてみたんだよ。まぁ、目の前であんなオカルトチックなものを見せられれば信じざる終えなかったし、考えてみればあれは俺たちの行動が反映されていたわけで、つまり俺たちの歴史みたいなもんだよな?それって俺たちはちゃんと生きているって証だろ?」

ナルは頬を人差し指でポリポリと掻きながら恥ずかしそうにそう語る。

「うん!ナルくんのいう通りだよ!ここでの問題はそこじゃないって気づいたんだ!私達が話し合うべき問題はひとつだけ。刹那くんが自らの存在を犠牲にしてこの世界の在り方を変えるか否か。というところだよね」

美琴が部長らしく総意を述べた。

「みんな………ありがとう」

これは何に関する感謝なのか僕にも良くわかっていない。

信じてくれた事に対して、僕の身を案じてくれる事に対して、いつも通りに僕らに戻れた事に対して。

積もり積もった感情の完成形がその言葉だったのだろうか。

思わず言葉と共にあふれでそうになった涙を誤魔化すために僕は空を見上げた。

相変わらず空はどこまでも広く、どこまでも青く、どこまでも透き通っていて、この景色が綺麗だと思えるこの心が偽物のはずがないと、そんな景色を作り出すこの世界が作り物ではないとそれだけで実感できた。

「さぁ。行こう。私達の未来へ」

椿がそう言って僕に手を差しのべる。僕は笑顔で頷くとその手を取った。