改めて実物を見た七海も、僕の話に半信半疑で耳を傾けている潮騒部一行も、何の茶々もいれずに最後まで話を聞いてくれた。

そして開口一番ナルがこう口を開く。

「んで?落ちは?」

無論だ。僕の話を信じろというのが難しい。七海はなぜすんなりと受け入れてくれたのか?いや、混乱していただけか。

このナルの反応が等身大だろう。他のメンバーは誰一人口を開くことなく液晶に釘付けだ。

「いや、これは本当に作り話とか、空想とかじゃなくてさ。全部が現実なんだ」

「って言われてもね~」

どう伝えればいい?これ以上にないってくらない丁寧に説明した。これ以上に何を?

「いや。これってさ。まるっきりそのまんまなんだよね。過去の話も勿論だけど、今この瞬間もね。だって、一度ここを出て、この部室に戻ってくるまで刹那くんは一度もこのメモリースティックを使う場面なんてなかったはずだよ。なのに………」

椿は声を震わせて液晶を指差す。そこには、先ほどまでの海岸での出来事も、数分前の事も事細かに記載されている。

「いや、そんなのトリックだろ?そうなるように刹那が行動したってだ………け………え?」

そこでナルはようやく気づいたようだ。今の会話の内容も態度も表情も、まるで誰かが見ているかのように勝手に文字にされていく。

そんな非現実な、オカルト的な光景が目の前で繰り広げられているのだ。

誰もが目を疑い。徐々に僕の言葉に信憑性が帯びてきているだろう。

「はは………ありえねぇってこんなの……」

ナルは力なく椅子に崩れ落ちる。

「ごめん。謝って済むものではない事とは分かっているけど、でも僕がなんとかなんとかするから」

「なんとかってなんだよ?そもそも俺は何者だ?俺たちは何者だ?作られた存在か?」

「それは違う!」

僕は喉が焼きつく程に声を荒らげた。全力の否定だ。ナルやみんなが決して作られた存在ではないこと。始まりは僕の創造だったかもしれないが、確かにみんなが自分の意思でこの世界で生きていること。

そしてこの世界もまた同じだということ。この世界は僕の描いた小説から分岐したまた新しい独立した世界だということ。

ここまで声を大にしたのはいつ以来だろう?全身の欠陥が沸き立つように感じる。

呼吸もままらないほど一気に言葉を紡いで、心臓もバクバクと脈を打っている。

「わりぃ。俺はもう帰るは。じゃあ」

ナルは僕の言葉に直接的な反応は見せずに、ただ重い足取りで部室を後にしていく。

「ナル………」

僕は情けなくその名を呼ぶことしかできなかった。

「えっと~。ごめんね~私も職員室に戻るね~。みんな気をつけて帰ってね!」

続いて香坂先生も乾いた笑い声をあげて、重苦しい空気から逃げるように足早に去っていく。

その言動も逐一続きとして綴られていく液晶を前に、蒼白な椿と美琴。

七海も気まずそうに俯くばかりで、まぁこうなる事は分かっていたとはいえ、やはり堪える。

「ごめん。僕も今日は帰るね」

ここで一番逃げ出してはいけないのは間違いなく僕だろう。

しかし、この空気でこのまま留まったとしてきっと何も変わらない。

なるべく目に見える現実を少なくして、負担を減らそうとメモリースティックを抜いて鞄に入れる。

「それじゃあ。また、明日」

そんな僕についてこようとする七海を手の平で制して僕は帰路についた。

あの中で比較的に冷静な七海がいないと2人が心配だった。七海には押し付ける形になってしまって申し訳ないが。

全て話終えて心が軽くなるはずだと少し期待していた。結局それも自己満足で。でも、結果はこれだ。曇天のように陰鬱とした感情が心に覆い被さる。

「また、明日か」

明日以降、どんな顔でみんなに会えばいいのだろうか?

どんな言葉を交わせるだろうか?

またいつものように過ごせるのだろうか。最後のその瞬間まで。

そしてこれもまた自己満足でしかないなと自分に嫌気が差した。

ーーーー翌日から週末の今日まで、僕の願いとは裏腹に僕らは素っ気ない挨拶をするだけで、それ以上の会話をすることは無くなって、部室にも顔を出さなくなっていた。日にしてまだ3日とはいえ、こんな関係に落ち着いてしまうと心苦しくて、登校も苦になってしまうくらいだ。

金曜日。明日になれば休みに入るため、2日間みんなの顔を見なくても済む。そんな考えに到ってしまえばもう終いだろう。

このままこっそりとこの世界から退場してしまってもいいかもしれない。

そうだ。どうせみんなの記憶から消えてしまうのなら。どうせ思い出せないほど呆気ない幕切れでもいい。

なんて頭では思っていても、行動に移す気が起きないのはやはりそれを否定したいからだろう。

こんな幕切れはまっぴらごめんだ。そうだ。もう一度ちゃんと話し合ってみよう。

それだけの関係を築いてきた僕らならきっと。

そんな期待を沸々と沸き上がらせ帰路を彩る青空を見上げた。