ーーーー夏休みも残り2日となってしまった。

この夏休みの思い出といえば、やはり一番は合宿であり、その後何度か集まっては遊んだり、勉強したりという変哲のない日々を送っていたが、それでも人生で一番実りのある夏だったと自信を持って言える。

そんな夏の終わりと、夏休みの終わりという感傷に浸りつつ、合宿を切り取った脳内写真をスライドしていく。

ここに越してきての数ヶ月とあの合宿の一部が繋がり、僕らの人生の繋がりを改めて感じる。

運命ではなく、必然的に僕らは出会い、奇跡ではなく、必然的に僕らは過去と向き合った。

始まりの夏と、合宿で見た景色を重ねる。

あの崖下から眺めた景色だ。

あの夏に浅井晴也は居て、この夏に浅井晴也は居なかった。

それでも見えてる景色はどこまでも広くて、どこまでも綺麗だった。

あれ?というか。今、こう思い出してみて気づいたのだが、つい最近まで朧気だった記憶がハッキリと縁取って思い出せるようになっていた。

いつからだ?七海が転落したあの夜か?いや、その後も特にこの感覚はなかったと思う。

まぁ、いつでもいいか。僕の頭がようやく過去と向き合い、記憶を見せてくれるようになったのだからそれでいい。

ベッドに寝転んで、窓から見える青空を見上げてそんなエモーショナルな気分に浸っていて思い出した事があった。

そういえばあの日、メモリースティックを拾ったんだっけ?

始まりの場所で拾った見覚えのあるメモリーカード。その存在をすっかりと忘れていた。

確か、リュックにしまって置いてそのままだったよな?

勢い良く起き上がったせいで軽く貧血になりかけたが、すぐに立ち直りリュックに歩み寄る。

えっと、確か。この外ポケットに。

記憶を頼りにリュックのポケットを漁る。

特に外ポケットには入れるものがなかったので、メモリースティックをあっさりと見つける事ができた。

改めて手に取りまじまじと見てみると、やっぱり自分の物のような気がしてくる。

だとすれば長い時間あの場所に置き去りになっていたということだ。

それならもう故障しているかもしれないが、期待薄で中身を確かめてみよう。

他の人の物なら申し訳ないが、そうは思えないという根拠のない根拠のままに僕はPCを立ち上げるとメモリースティックを挿入する。

メモリースティックの中には「ヒーローになりたい」というたったそれだけのフォルダが存在していた。

ただ、そのたった1つのその文にゾクリと悪寒を漂わせてしまう。

ヒーローになりたい。僕の人生においてのスローガンのようなそんな言葉。

それはまるで僕の写し鏡のようでゾッとした。

僕は一度深呼吸をしてから、鳥肌のたった右手をマウスにのせる。

心なしか震えているカーソルをそのフォルダに合わせると人差し指を小刻みに動かす。

…………これは。

フォルダを開くと出できたものは、プロローグと太文字の下につらつらと並ぶ文字達だ。

そして僕はまた身体中に悪寒を走らせていた。

知っている。僕はこれが何かを知っている。知らないはずがないじゃないか。だって、これは僕が書いた物語。正確には書きかけの物語なんだから。

その瞬間頭に流れ込んだイメージに吐き気を催した。

いつもの帰り道。いつもの交差点。信号機に抗うようにして侵入するトラック。運悪く交差点に飛び出してしまう子供。それを救うように盾になる男。

地面に叩きつけられ朦朧とする男。子供の泣き声。十色の悲鳴。

僕は。あの日事故に遭って。

鮮明に蘇る記憶に視界一瞬ぐらついた。

正気を取り戻そうと一点を見つめて気を保つ。

しかしその見つめた先が運悪くディスプレイだった。

そのディスプレイに紡がれた物語は僕もよく知っている。

無論。僕が描いた物語だからなのだが、それだけじゃない。僕はこの身をもって体験しているのだ。その物語のプロローグを。

僕の書きかけた物語のプロローグ。主人公の少年が、幼なじみの姉妹である2人の命を救うという始まり。

そう。海辺の岩崖から落下して水面へ叩きつけられた2人を救うという始まり。

これはまさしくそうだ。いや、というか主人公たちの名前も全く同じなのだから疑いようもないのだ。

僕の描いた物語は、僕がこれまで経験してきた過去。あの日のあの海岸での事故。

それとまるっきり同じ道筋で綴られている。

そして最大な問題が1つ存在していた。

その物語には保月刹那という人物は登場しない。

そして、浅井晴也はそこで命を落とすことはない。

それが意味するものはきっと。

そこまで考えればもう限界だった。僕は押し寄せる吐き気に抗えずにトイレに駆け込んでいた。

胃液が喉を刺激する。頭の中では自分という存在の在り方が渦巻いている。

僕が未来を変えてしまった。

もともと2人を救うのは浅井晴也の役目で、その運命を僕が担った事で、この世界が彼を連れ去ってしまった。

くそっ!くそっ!

声にならない悲痛な呻きが全身の血液を沸き上がらせる。

僕がやって来た事は間違っていなかったはずだ。

ここに戻って来て、潮騒部に入って、過去と向き合って、みんなで前に進もうと決めた。

それなのに。間違っていたのはここまでの過程ではなくて、そもそも始まり。始めから僕は間違っていたんだ。

僕はこの世界の異端者だ。いや異物だ。癌だ。ウイルスだ。

何のために僕は生きてる?

浅井晴也はこの世界に殺されたんじゃない。僕が。僕が…………。

吐き気すらも僕を見捨てたようだ。その代わりに頬を伝った雫の温かさも感じない。

僕は魂が抜けた人形のようにただただ宙を見つめていた。

ーーーー無気力。僕を動かすものは生の余熱か。体を引きずるようにして自室に戻った僕は再び液晶の前に鎮座する。

ただ直視することはできずに、薄目でボヤけた視界で文字を追いかける。

あれ?

そしてそこでようやっと気づく事ができた。さっき見ていた文と確かに相違があった。

大まかなストーリーラインは同じなのだが、さっきまでそこに居なかった人物が書き加えられている。

保月刹那。

その名前に身震いをする。確かにさっきまでは僕の書いた小説のまんまだった。でも帰ってきて改めて通し見たその物語は、僕の描いた物語ではなく、僕らの描いた人生(ものがたり)だ。

まるで僕らをどこかで傍観している者が文字起こししているように。

「どうなってるんだ?」

1人称視点だったはずの物語が、神視点で描かれている。

「なんだってんだよ!」

僕は思わずキーボードに拳を叩きつけていた。幸な事にキーボードに破損は見られないが、それよりも目を疑ったのは液晶に浮かんだ文字だ。

まるで日記のように今日で止まった物語の先に、キーボードに触れた事によって文字を打ち込んでしまったらしい。

いや、打ち込めたらしい。

これはすなわち、この先の物語を僕が紡げるということ。未来予知のように。タイムトラベラーのように。未来に干渉できる?

しかしそんな淡い期待は、積み木のように崩れ落ちていく文字たちに打ち砕かれる。

僕の打ち込んだ文字が、僕の意思と関係なく消えていってしまったのだ。

そう。当たり前だ。未来を自らの手で操作しようだなんて虫がよすぎる。

分かっていても期待してしまう。そんなどうしようもない僕だ。