ーーーー翌朝。僕は自然と目が覚めてしまい、やっと明るくなった空の下海岸を散歩していた。

昨日はあれから我も忘れるほど無邪気に海を堪能して、みんなすっかり疲れてしまい、再び入浴をすると直ぐに眠ってしまった。

僕もここ最近で一番の快眠のおかげで、こうした早起きでも脳がスッキリと晴れていた。

今、散歩しているのは、例の崖を越えた別荘のある砂浜とは反対の砂の上だ。

なんとなくこちら側からこの海を眺めたかった。

あの日以来だ。あの事故が起きた日。僕はあの崖の下で居眠りをしていたんだっけ?

そうそうちょうどあの辺りで。

うっすらとした記憶を辿り、思い出の場所へとたどり着く。ここは全てが始まった場所。

僕はあの時と同じように、岩場を背にして腰をかけてみた。

やはりうっすらとした記憶だが、この光景には見覚えがある。

崖を見上げる。そこに小さな女の子を2人並べてみる。

何も変わらない。ここはあの時のまま。あの事故なんて忘れてしまっているかのように、穏やかに時を刻んでいる。

「それにしてもいい風だな」

心が晴れた今の僕にはそんな光景はどこまでも澄んで見えた。

「んん~!」

大きく両手を上げて背伸びをする。1日の始まりを感じる動作だ。

そうして風を感じるようにゆっくりと上げた両手を左右に広げて地面に着地させた。

下ろした右手は、ざらざらとした砂に触れるはずだった。

しかし、僕の手に触れたのは硬い感触だった。

硬いとはいえ岩や石などの温度を感じない。もっと無機質というか、人工的なものというか。

僕は下ろした右手に視線を落とした。

「これって?」

僕の右手の隣に置かれていたものは、USB式のメモリースティックだった。

「なんでこんなものが?」

どう思考を巡らせてもこのメモリーとこの場所の関連性にたどり着けない。

この場所にこれがあることは最早異質としか言い様がない。

ただその中でも妙な感覚に陥る。

懐かしいというか、見覚えがあるというか、僕はこのメモリースティックを知っている。根拠もなくそう思った。

メモリースティックを手に取る。軽い。

ごくシンプルな作りをしたメモリースティックなのに妙に親近感が湧く。

本来なら遺失物として処理すべきなのだろうが、なんとなくこれは僕が持ってるべきだとポケットにしまう。

「さぁ、そろそろ戻ろうか」

空はもう少しで完全に明るさを取り戻す。僕はその前に別荘へと帰還した。

合宿2日目は特に大きな波もなく過ぎ去っていく。

朝はボーッと海風に当たり、昼は学生らしい事として勉強会を開き、夕飯はみんなでカレーを作ったりと、日常を特別のように過ごしていた。

「あっという間に終わっちまったな~」

僕らは夕飯を終えて、リビングのソファーに腰を下ろし、食後のコーヒーを嗜んでいた。

ナルは背もたれにもたれ掛かると、シーリングファンを見上げている。

「てかさ、せっかく夏なのに、夏って感じな事あんまりしてないんだよなぁ今年は~」

「そう?毎年こんな感じじゃない?私達?」

ローテーブルを挟んで正面に姿勢よく座る美琴はコーヒーを口に含みつつ、クールにそう評する。

「いやさ。せっかくだし夏を感じようぜ。まぁ、夏ってか涼を感じるというかさ」

「あら残念。海岸はまだいいけれど、ここは夜に散歩するのはオススメできないわよ」

ナルの真意を読み取り直ぐ様その意見を却下する美琴。

「いや、別に肝試ししようとかじゃなくてさ。確かにホラー系はホラー系だけど。せっかくさこんなに大きなテレビがあるんだから、観るしかないだろ?」

僕らの視線は1つの大きな液晶に向けられる。

「これまた残念ね。テレビもレコーダーもあるけれど、サブスクに入っていないし、DVDだってないわ。あったとしてもホラー映画はここには置いていないと思うわ」

そしてナルの思惑はまた見事に却下される。

「ふふん!甘い。甘いよ美琴さん。俺が何の準備もなくそんな事言い出すと思うかね?」

不適な笑みを浮かべたナルは、いつ持ってきたのだろうか、有名な邦画のホラー映画のDVDを取り出す。

「え!?そ、それって」

椿はそのパッケージを見たと同時に目を輝かせる。

「あれ?もしかして椿って、ホラー映画好きな子?」

僕はその様子にそんな疑問を投げかける。

「うん!ホラーはねロマンだよ!邦画のホラーのジメジメさもいい!豪快なスプラッターも最高だよね!!」

意外にも意外。どちらかというと苦手意識がありそうだと思ったが。

「この子はね。なんというか。普段はお淑やかな感じなんだけどね、割りとゴアゴアなものが好きでね。そのギャップが時にホラーよりもホラーな時があるの」

椿の隣の美琴は少しを顔をひきつらせる。

まだまだ僕には知らない事が多いな。そう思い知らされる瞬間だった。

そんなこんなで結局ホラー映画を観る会が始まったわけだが。

ローテーブルを囲むように凹の字でソファーが置かれている。

僕はテレビの正面に腰をかけているが、その両隣に座るのが、さっきから一言も話すことなく僕の左袖を掴む七海と、こちらは逆に険しい表情のまま固まる香坂先生。

この反応から察して2人はホラーが苦手な部類なのだろう。

そして僕から見て右側のソファーに1人腰かけるナルは無論余裕の表情。

僕から見て左側のソファーに座っている椿はワクワクと画面にかじりつき、その隣の美琴は意外にもたまに画面から目を逸らすようにしている。

僕は特にホラーには苦手意識がないため、この映画も余裕ではあるのだが。

ホラーシーンが加速する度に隣の七海、更には香坂先生までもすがり付いてくるものだから、映画に集中できずにいた。

役得といえばそうかもしれないが。中々の気まずさがある。

映画もそろそろ終盤というところ、演出も徐々にハデになっていく。

ここまでくれば半ばモンスター映画と遜色ないと思う。

日本特有のじめっとした怖さは、正体がわからないからこそ活かされるわけで、こうにて堂々と姿を表した幽霊という存在にそこまでの恐怖心を感じない。

それでもその特集メイクは、ホラーが苦手な七海、香坂先生にとっては最高潮の恐怖らしく、申し訳程度に掴んでいた腕に更に力が加わり、体温やら感触やらが直に伝わってくる。

まさに借りてきた猫状態の僕はやはり映画に集中することができず、気づけばエンドロールが流れていて、背景では場違いなほど激しいロック調の主題歌が流れている。

「主人公?」

ふとそんな僕をジト目で眺めていたナルがそう一言疑問を向けてくる。

「何の話?」

「いや。主人公だなぁ~と思って」

「そう?」

「うん」

そんな降りはじめた雨のようにポツリポツリとした会話でも、ナルのその言葉の意味は読み取れる。

そりゃこんな状況、物語の主人公じゃなければ起こり得ないと思うけど。

残念ながら僕にはそんな主人公を担えるほどよ器量はない。

「まぁ、俺は主人公の親友ポジって嫌いじゃないし、むしろ性に合ってるからいいけどさ」

「そう?」

「うん」

親子のように同じようにビビり疲れしている左右の2人。

映画の感想を興奮気味に隣の美琴に熱弁している椿。

その熱量を浴びせられひきつり笑いで相槌を打つ美琴。

ナルの意味ありげな視線。

とてもカオスな空間の中、ホラー映画鑑賞会は終わりを迎えた。

この後香坂先生含めた女性4人は、椿の部屋に集まり夜を明かしたのは言を俟たない。