ーーー眩しい太陽の光が目に突き刺さる。

耳に聞こえる波の音と潮風の匂い。

眩しさに対応した目に映るのは大きな水溜まり。

そこは紛れもなく海。硬い何かにもたれかかるようにして腰を下ろしている僕のお尻から伝わる熱。

太陽にさらされて熱を帯びた砂浜だ。

ーーーここは?どこだ?

海だということは簡単に理解できた。ではなぜ僕はここにいるのだろう?

というか、僕は何をしていたっけ?

えっと名前は?

まるで自分のものではないような思考を、少しずつ巡らせていく。

保月(ほうづき)刹那(せな)それが僕の名前。

年齢は23歳。小説志望のフリーター。いつものバイト終わりにカフェによって、それから…………。

うん。大丈夫だ。記憶はしっかりと残っている。だとすれば、僕は少年を助けるためにトラックに跳ねられて。

…………。それで…………ここは?

記憶を辿ったところで、この場所との結びつきがまるでない。

天国?いや、夢?いやいや、僕の認識するそれらと比べると、この熱や視覚、匂い全てがリアル過ぎる。

「ちょっと七海!あまり近づくと危ないよ!」

「大丈夫だよ!椿ねぇ早く!!」

現実を受けとめきれていない僕の上空から、そんな2人の女の子の声が聞こえてくる。

思わず体をビクリと弾ませながら、声の方へと顔を向ける。

僕の座っている場所はビーチによくある岩場のようで、それなりの高さがあるようだ。

僕の目が斜め下からその岩場に立つ2人の影を捉えている。

「うわぁ!!見て!高いよ!」

「落ちないように気をつけるんだよ!!」

恐らく小学生高学年くらいであろう2人の女の子。

岩場の崖から海を見下ろしている子と、それを心配そうに見守っている子。

人が居る?それもしっかりと声も聞こえている。

やはりここは現実で間違いない?

「七海。もうみんなの所に戻ろうよ。お昼の時間だし」

「え!?お昼!!やったーー!!早く行こう!椿ねぇ!」

まだ目覚めたてのように、ふわふわとした思考を覚醒させるかのようなそんな元気な声をあげて、崖っぷちの少女は、跳ねあがるようにして踵を返そうとする。

しかし、その瞬間だった。

少女の立つ足場が落とし穴のように崩れる。それにバランスを崩した少女は背後から、海面の方へと倒れこんだ。

「七海!!」

その伸ばされた手を取ろうと、駆け出したもう一人の少女。

しかし、手に触れた時には既に手遅れで、2つの小さな影は、宙を切り裂き水面へと叩きつけられていった。

大きな水しぶきが、まるでコンクリートに叩きつけられた体から飛び散る血痕のようだ。

きっと、高所からの転落という光景かそう錯覚させているのだろう。

ーーーーまずい!

思い立つよりも早く動く体。あぁ。これじゃ同じじゃないか。

少年を助けようと伸ばした手も、地を這う足も、今度はその少女2人に向けられている。

それに驚くほどに体が軽い。

今までと比べて質量自体が軽くなったような、そんな感覚。

服を脱ぐことさえも忘れた僕は、そのまま海水に体を浸していく。

ゆっくり沈んでいく少女達に動きは見られない。

叩きつけられた勢いで脳震盪でも起こしているのだろうか?

幸運なことにさほど離れた距離にいなかった僕は、少女たちと数メートルの所まで来ていた。

しかし冷静さを失った頭では、その2人に近寄るもう1つの影に気づけずにいたようだ。

少女たちを挟むようにして、対面から潜り近寄る少年の姿。

きっと僕と同じように彼女たちを救いに来たのだろう。

とても勇敢な少年だと自分の少年時代と比べて敬う。

それから数秒後。その少年よりも少し早く2人にたどり着いた僕は、2人の体を片腕ずつで抱き上げ水面へと顔を出す。

2人は意識を失っているようで、焦りだけが思考を埋めつくしていく。

でたらめなばた足で海岸に向かいガムシャラに泳ぐ。

水泳なんて久しぶりだった僕は、自分自身を生かすのにもやっとで、水を飲むことすらもお構い無しに、早くただ早く海岸へつく事だけを祈り泳ぎ続ける。

異変を嗅ぎ付けたようで、岸には数人の子供と大人達が何やら声をあげている。

水の耳栓で埋められた僕の鼓膜には、その言葉は届かないが、海岸に集結する大人たちの姿に安堵をする。

そうして少し余裕の出来た頭に浮かぶ1つの疑問。

あの少年はどこに?

さっきまで、少女を救おうと水中を裂いていた彼の姿。

僕の背後からついてきているのだろうか?

そんな疑問は、喉に突き刺さる刺激で飛ばされていく。

水を飲んでしまった。それもプランクトンを食べる鯨のように大量に。

苦しい。息ができない。あと少しだというのに意識が遠のいていく。

まだだ。もう少しだけもってくれ。この子たちを救いたいんだ。

いつか憧れたヒーローに近づけるように。

力なく上下するばた足がゆっくりと動きを止めていく。

ここまでなのか?

そう頭にノイズ交じりな文字が浮かぶ。意識が消え行きそうなその瞬間。

僕の体に触れた手のひらの熱。

ああ、どうやら大人たちが僕たちを掬い上げてくれたらしい。

その安堵と、ままならなくなった呼吸が、意識を徐々に奪っていく。

そんな僕が最後に見た光景は、地に寝かされ心臓マッサージを施されている少女達と、海へ走り出す一人の男性の姿だった。