「うん。私もそう思う。きっとこの現実(いま)も、過去があったからこそだと思う。でもね。そうやって生きてきたって、忘れないように生きていたって、こうして後ろ向きで進む今が、正しいとは思えない。私はきっとまだ、あの日に居て、現実(いま)を生きれてないんだって、こうして海を眺めて思うの」

その言葉だけで、その空と反比例する淀んだ表情だけで、椿にとっての浅井晴也がどんな存在なのか痛いほど伝わってくる。

「そのために潮騒部を作ったんだね」

潮騒部の存在理由は、きっとこの海よりも深い所で漂い続けているのだろう。

「うん。そして今年は、刹那くんも加わってくれた。きっとそれは、どうしようもない私に神様がくれた、チャンスなんだと思う」

そう初めて前向きな言葉を紡いだ椿に、僕はどうしても聞いておきたい事があった。

「あのさ、椿」

「どうしたの?」

「僕のせいだと思う? 僕のせいだと思った事はある?」

僕は椿の顔を見ることは出来ずに、海水に浸された黒い砂浜を見つめる。

それでも人間の感覚の妙なのか、椿が僕に視線をぶつけているのが伝わってくる。

「なんで? なんでそんな事を聞くの?」

そう言った椿の声は、刺のある震えた声だった。

僕はどうしてそんな質問をぶつけたのだろうか?なんてことはもう分かっていた。

でもそれを口にするのは情けなくて、自分の弱さを見せるのが怖くて、ただただ無言を貫くしかできなかった。

「私は………ごめん」

椿はそんな僕に見かねたかのように、最後にそう小さく言い残して、振り返り歩き去って行ってしまった。

砂浜に残された僕は、さっきまで綺麗に映っていた海が、どこまでも続く漆黒のように思い、ただ頭の中で最後まで震えていた「ごめん」という言葉を繰り返し佇んでいた。

「ごめん」というその一言だけで、僕の質問の問いにするには充分だった。

きっとこう言いたかったのだろう。

「私は、そう思った事があったごめん」と。それは現在進行形なのかもしれない。

そして僕は思う。本当に僕は潮騒部の一員として居続けていいのだろうか?

僕がみんなと同じ場所で、この海を眺めていていいのだろうか?

この海は誰のもの?


さながらビーチの自然物のように佇む僕は、背後から近づく1つの砂を踏む音に気づかずにいた。

「刹那先輩」と声をかけられるまで。

僕をそう呼ぶのはこの街では1人だけ。その声の主が誰なのかは直ぐに理解できた。そして、出来れば今は会いたくのない人でもあった。

「こんにちは、七海ちゃん。七海ちゃんも散歩に来ていたの?」

平然を装う僕と表情を変えず僕の隣に並ぶ七海。

「土曜日はいつもここに来ているんです。姉には内緒にしていますが」

きっと姉を心配しているからこその行動だろう。本当に仲の睦まじい姉妹だと思う。

そしてその椿の言葉が意味するものはもう1つ。

「椿ねぇ、泣いていましたね」

そう一部始終を見られていたということだ。話の内容は聞かれていないまでも、椿の様子を見れば良好な会話だとは思えないだろう。

「うん。僕が悪いんだ」

「一体どんな話をしていたんですか?」

「聞いておきたい事があって。それを聞いた。それだけ。でも、それが椿の心を抉るような形になってしまったんだ」

言葉にすると、自分の犯した誤ちがチクチクと心を蝕むのがわかる。

「一体、何を聞いたんですか?」

七海は淡々と僕の言葉を受け返している。

「少しでもあの事故で浅井晴也が亡くなったのは、僕のせいだと思ったことがあるか。そう聞いたんだ。正直、答えは分かっていたんだけど。そうじゃないと期待していたんだと思う。自分勝手な質問だったと思う」

「そうですか。それは怒るのも当然ですね。悲しむのも当然ですね」

七海は波に打ちひしがれる砂浜のような僕を、突き放すようにそう言い放つ。

それは気遣いや慰めよりも僕の欲しい言葉でもあった。

客観的に見た僕を忌ましめるためにも、言葉として確かめておきたかった。

「うん。分かってる。そりゃそうだよね。きっと椿にとって、いやみんなにとって、浅井晴也という人は大切だったんだよね。僕のせいだと思っていても仕方ない。仕方なかったんだ」

そう弱い自分を隠すことなくさらけ出すと、七海は小さくため息をついた。

「いや全然分かっていないです。刹那先輩は分かっていないです」

「え?僕が分かっていない?それってどういう意味?」

「それは。私の口から言うものではありません。直ぐにとは言いません。刹那先輩。もう一度、椿ねぇと向き合って下さい。私達と向き合って下さい。あの日と向き合って下さい。そんなかっこ悪い先輩なんて見たくありませんから」

七海はそれだけ言い残すと、踵を返し潮風に押されるようにしてその場を去っていく。