ーーーー放課後になりいつものように部室には部員たちが勢揃いしている。無論、顧問である香坂先生もだ。
そしてこれまた通常通り、クッキーとチョコレートとコーヒーまたは紅茶と共に、ただただ駄弁るという怠惰な時間が流れている。
そこに浅井晴也という名前は登場することは今のところ無かった。
「そうそう。そろそろ夏休みの予定を提出しないといけないんだけど、特に変わった事はないよね?例えば他の部活だと、対外試合だったり、あとは強化合宿だったり、うちの部には関係ないかな?」
その香坂先生の言葉にナルは当然身を乗り出す。
「合宿!?やるっしょ!もちろんやるっしょ!」
「合宿ね~。それって正当な理由がないと…………」
美琴はそう否定的な意見を述べようとして口を閉ざす。
きっとこの学校の校風。自由という名の放任主義が、それすら可能にしてしまう事に気がついたのだろう。
「合宿かぁ。やるとしても場所をとれるほどの部費って、うちにありましたっけ?」
その冷静な椿の意見がナルに冷水を浴びせた。
「うん。確かにうちの部にはそんな余裕はないかな。うちの学校は、比較的裕福な財源があるから、必要なら、部に惜しみ無く割り振ってくれるほどには太っ腹だけど、流石に他の部から見れば、私達が多くもらうのは面白くないでしょ?だから勝手ながら自重させてもらってるの」
普段は僕ら生徒と距離も近く、親しみのある友達に近いような存在の香坂先生だが、僕らに無意味な荒事が振りかからぬように、裏で行動してくれているらしい。
「となれば、合宿は難しいかもしれませんね。皆さんとお泊まりしてみたかったですが」
そう肩を落とした七海と目が合って、すぐに逸らされる。
「そうでもないわよ。要は場所さえあればいいのよね?」
七海の一言で終わりだと思われた議論は、雫のその言葉によって方向性を変え始める。
「そうだね。場所さえあれば問題ないよ」
香坂先生の了承も受けたことで美琴は得意気に胸を張る。
「なら、私のお父さんに聞いてみるわ。永らく使ってなかった別荘があるの。手入れはしていると思うし、きっと大丈夫よ」
「おお!さっすがボンボンは太っ腹だな!」
「まぁ、自分でいうのはアレだけど、こういう恵まれたものは惜しみ無く使うべきよね。それが、私の力で得たものではないとするなら尚更」
美琴から溢れる気品という名のオーラはやはり勘違いではなかったようだ。きっと素晴らしい教育を受けてきたのだろうと思う。
「ねぇ。その別荘って…………」
議論が決へと向かおうとしていた所で、小さくそう溢したのは椿だった。
数秒前までの意気揚々とした空気が一変、窓から望める海の波音が聞こえそうなほどの沈黙。
この空気に覚えがある。つい昨日の事。海を眺めてみんなで話したあの時間、浅井晴也の話になった時のあの空間。それと同じ場所に僕はいる。
「うん。正解。10年前。私達が行った海沿いのあの別荘よ。あれ以来寄り付く人はお手伝いさんだけで、寂しく放置されていたの」
彼女たちの過去を知っているのだろうか、それとも空気を察しているのだろうか、香坂先生の表情にも陰りが見える。
そして、きっと薄々勘づいていたであろう、ナルと七海も同じように。
昨日に引き続き僕はまるで蚊帳の外。そんな筈ないのに。いや、そうでありたいと願っているんだ。多分。少しでも浅井晴也への、潮騒部への罪悪感を和らげたくて。
浅井晴也が死んだのが例え僕のせいと思われていなくとも、救えた可能性があったのなら、それは今となっては罪悪感へと変貌するのも無理はないだろう。
だからこそ発すべき言葉が見つからない。
「うん。いいかもしれないね。潮騒部の強化合宿としては申し分ないもんね」
そんな中、臆せず一声を発したのは椿だった。
その行動に面を食らったように互いの顔を見合わせる一同。
「あれ?私、何か変なこといった?」
「いや、変なことっていうかよ、なんつうか、ああダメだ。俺の容量不足の脳じゃ、うまく言語化できねぇ」
「ううん。何も言わなくてもいいんじゃないですか。部長が言ってるんです。私達は部長に従うだけじゃないですか?」
頭を抱えたナルも、その七海の言葉に「そうだな」と頷いている。
美琴も満足気に微笑み、香坂先生も慈しむように一同を眺めている。
「じゃあ、あっちゃん先生。日付についても後から話し合いますので、とりあえず仮定していただいていいですか?」
「うん!任せて。でも、終業式までに決めておいてね!それから、秋津さん。念のためご両親ともお話しておきたいから、今度お家にお邪魔するからね。都合がいい時間を聞いてもらえると助かるかな」
「はい。わかりました」
まるで信号機。ころころと変わる場の空気に僕はなかなかついていけずにいた。
ただ潮騒部メンバーのこの合宿に込めた意味や、決意はその表情からなんとなく察することはできた。
だからこそ僕ももっと向き合うべきだと思う。薄れた記憶に。あの日の記憶に。潮騒部に。そして浅井晴也に。
そしてこれまた通常通り、クッキーとチョコレートとコーヒーまたは紅茶と共に、ただただ駄弁るという怠惰な時間が流れている。
そこに浅井晴也という名前は登場することは今のところ無かった。
「そうそう。そろそろ夏休みの予定を提出しないといけないんだけど、特に変わった事はないよね?例えば他の部活だと、対外試合だったり、あとは強化合宿だったり、うちの部には関係ないかな?」
その香坂先生の言葉にナルは当然身を乗り出す。
「合宿!?やるっしょ!もちろんやるっしょ!」
「合宿ね~。それって正当な理由がないと…………」
美琴はそう否定的な意見を述べようとして口を閉ざす。
きっとこの学校の校風。自由という名の放任主義が、それすら可能にしてしまう事に気がついたのだろう。
「合宿かぁ。やるとしても場所をとれるほどの部費って、うちにありましたっけ?」
その冷静な椿の意見がナルに冷水を浴びせた。
「うん。確かにうちの部にはそんな余裕はないかな。うちの学校は、比較的裕福な財源があるから、必要なら、部に惜しみ無く割り振ってくれるほどには太っ腹だけど、流石に他の部から見れば、私達が多くもらうのは面白くないでしょ?だから勝手ながら自重させてもらってるの」
普段は僕ら生徒と距離も近く、親しみのある友達に近いような存在の香坂先生だが、僕らに無意味な荒事が振りかからぬように、裏で行動してくれているらしい。
「となれば、合宿は難しいかもしれませんね。皆さんとお泊まりしてみたかったですが」
そう肩を落とした七海と目が合って、すぐに逸らされる。
「そうでもないわよ。要は場所さえあればいいのよね?」
七海の一言で終わりだと思われた議論は、雫のその言葉によって方向性を変え始める。
「そうだね。場所さえあれば問題ないよ」
香坂先生の了承も受けたことで美琴は得意気に胸を張る。
「なら、私のお父さんに聞いてみるわ。永らく使ってなかった別荘があるの。手入れはしていると思うし、きっと大丈夫よ」
「おお!さっすがボンボンは太っ腹だな!」
「まぁ、自分でいうのはアレだけど、こういう恵まれたものは惜しみ無く使うべきよね。それが、私の力で得たものではないとするなら尚更」
美琴から溢れる気品という名のオーラはやはり勘違いではなかったようだ。きっと素晴らしい教育を受けてきたのだろうと思う。
「ねぇ。その別荘って…………」
議論が決へと向かおうとしていた所で、小さくそう溢したのは椿だった。
数秒前までの意気揚々とした空気が一変、窓から望める海の波音が聞こえそうなほどの沈黙。
この空気に覚えがある。つい昨日の事。海を眺めてみんなで話したあの時間、浅井晴也の話になった時のあの空間。それと同じ場所に僕はいる。
「うん。正解。10年前。私達が行った海沿いのあの別荘よ。あれ以来寄り付く人はお手伝いさんだけで、寂しく放置されていたの」
彼女たちの過去を知っているのだろうか、それとも空気を察しているのだろうか、香坂先生の表情にも陰りが見える。
そして、きっと薄々勘づいていたであろう、ナルと七海も同じように。
昨日に引き続き僕はまるで蚊帳の外。そんな筈ないのに。いや、そうでありたいと願っているんだ。多分。少しでも浅井晴也への、潮騒部への罪悪感を和らげたくて。
浅井晴也が死んだのが例え僕のせいと思われていなくとも、救えた可能性があったのなら、それは今となっては罪悪感へと変貌するのも無理はないだろう。
だからこそ発すべき言葉が見つからない。
「うん。いいかもしれないね。潮騒部の強化合宿としては申し分ないもんね」
そんな中、臆せず一声を発したのは椿だった。
その行動に面を食らったように互いの顔を見合わせる一同。
「あれ?私、何か変なこといった?」
「いや、変なことっていうかよ、なんつうか、ああダメだ。俺の容量不足の脳じゃ、うまく言語化できねぇ」
「ううん。何も言わなくてもいいんじゃないですか。部長が言ってるんです。私達は部長に従うだけじゃないですか?」
頭を抱えたナルも、その七海の言葉に「そうだな」と頷いている。
美琴も満足気に微笑み、香坂先生も慈しむように一同を眺めている。
「じゃあ、あっちゃん先生。日付についても後から話し合いますので、とりあえず仮定していただいていいですか?」
「うん!任せて。でも、終業式までに決めておいてね!それから、秋津さん。念のためご両親ともお話しておきたいから、今度お家にお邪魔するからね。都合がいい時間を聞いてもらえると助かるかな」
「はい。わかりました」
まるで信号機。ころころと変わる場の空気に僕はなかなかついていけずにいた。
ただ潮騒部メンバーのこの合宿に込めた意味や、決意はその表情からなんとなく察することはできた。
だからこそ僕ももっと向き合うべきだと思う。薄れた記憶に。あの日の記憶に。潮騒部に。そして浅井晴也に。