「なんとかあなたと、椿ちゃん、それから七海ちゃんは命を繋ぎ止めた。でも、晴也くんだけは。晴也くんの命だけは救えなかった」
母は尻すぼみに言葉を紡いでくれた。そして同時に僕の祈りはいとも簡単に打ち砕かれた。
放課後の潮騒部メンバーの横顔を思い出す。
儚げに、腫れ物を見るかのように、壊れ物を包むように、そんな横顔の意味はきっと僕が思うよりも重く、みんなのしこりになっているのだろう。
「みんなは僕の事を知って、近づいてきてくれたってことだよね。それって、いや、母さんに聞いても意味ないよね………」
みんなにとっての浅井晴也と、みんなにとっての僕。
僕が救えなかった命と、救えた2人の命。いや、これは傲慢か。大人たちに救われなければ僕だってこの世にいなかったかもしれない。
それでもあの時。少しでも浅井晴也を気にかける事ができたなら。もっと違う選択があったのかもしれない。そう。浅井晴也が生きている未来への選択。
よく覚えていない僕がこんな風に思うのだから、きっとみんなも、僕よりももっと。
もしかしたら、生きているのが僕じゃなくて、浅井晴也なら。そう思った事だってあるかもしれない。
分かってる。そんな風に思うような人達じゃないこと。でも、今でも傷を残すほどに特別な存在だった浅井晴也。
僕はこれからどうやってあの場所で過ごせばいいのだろうか?
どうやってみんなと触れ合えばいいのだろうか?
まだ僅かな関係性であっても、深い所では繋がっていた僕らを、これからどう紡いで行けばいいのだろうか?
いや、こんなこと考えている僕はお門違いなのだろうか?
だって浅井晴也と親しくも、きっと話した事がなかった僕だ。僕がみんなと同じ位置に立つ事はきっとこの先あるはずがない。
「刹那?大丈夫?」
頭が処理できないほどの情報と、鬱々とした感情が、血管を伝って体内を循環し、浅い呼吸を繰り返す僕を心配した母が、僕の顔を覗き込んだ。
「あ。うん。大丈夫。ちょっと落ち着かないだけ、ゆっくり寝ればきっと、明日には元通りだから」
空元気だと分かっている。きっと母にも伝わっているはず。
僕は逃げるように席を立ち、自室に向かうため廊下へ出ようとドアノブに手をかける。
「どうしようもなかったんだ。お前はよく頑張った。俺は誇りに思っているぞ」
そんな僕の背中に無口な父には珍しく、そんな僕を気遣う言葉をかけてくれる。
「うん。大丈夫。ありがとう」
僕は居たたまれなくなり逃げるようにその場を去っていった。
ーーーその夜夢を見た。
何もない空間。真っ暗で空気すらも無いような静かな空間。
僕はそこでただ立ち尽くしている。
「………せいだ。お前………ければ」
「え?何?」
そんな僕の耳に途切れ途切れに聞こえてきたのは、そんなこもった男の声だった。
「お前が………ければ。生き…………のに」
「誰?何が言いたい?」
何とか拾いきれた単語を並べても、僕に向かって何かを言っているということしか分からない。
「僕が何かしたっていうのか?あんたは誰なんだ」
何処にいるかもわからない声の主に聞こえるように声を虚空に張り上げる。
「………だ。お前………」
まただ。またよく聞こえない男の声。
「だからなんだって言うんだよ!!」
今度は怒声交じりの声をあげてみた。すると、今度はハッキリと鼓膜を破るかのように、その声はこう答えた。
「お前のせいだ!!」
ーーーー「ハッ!!」
はぁはぁ荒くなる息。初めてだ。こんな悪夢を見て飛び起きたのは。
滴る汗が首筋を擽りながら通っていく。
渇いた喉が張りついて苦しさも覚える。
きっと昨日の夜、母から聞いた話のせいだろう。
僕の頭の中で築かれた浅井晴也が、僕に恨み言を放っていた。そう解釈できる。
あの日の僕に何が出来た?今なら簡単に思える事も、当時の僕にも出来ただろうか?
浅井晴也という名前だけが支配する陰鬱な朝、陽気はそんな僕を嘲笑うかのように照っている。
リビングへ下りるといつもと変わらず母が朝食の準備を、父はソファーに陣取って、国の情勢を眺めている。
「おはよう」
僕は少しの気まずさを紛らわすために自然に挨拶をする。
「おはよう。もう少しでご飯できるから」
「うん」
そんな僕に母は、まるで昨日の夜の事がなかったかのように、テンプレートな朝を演出している。それは父も同じだ。
きっとそれが両親の優しさなのだろうと思う。そしてその優しさに報いるために、陰鬱な気持ちはここでは見せるべきではないと思った。
だからこそ自然にいつものように。
そうやって過ぎていった朝は果たして普通と呼べるものだっただろうか?
自然を意識しすぎて逆に不自然になっていなかっただろうか?
そんな心配をよそに、母はいつものように笑顔で玄関先から見送ってくれる。
再び浴びせられる優しさに僕は手を振って返すと通学路をなぞりはじめた。
母は尻すぼみに言葉を紡いでくれた。そして同時に僕の祈りはいとも簡単に打ち砕かれた。
放課後の潮騒部メンバーの横顔を思い出す。
儚げに、腫れ物を見るかのように、壊れ物を包むように、そんな横顔の意味はきっと僕が思うよりも重く、みんなのしこりになっているのだろう。
「みんなは僕の事を知って、近づいてきてくれたってことだよね。それって、いや、母さんに聞いても意味ないよね………」
みんなにとっての浅井晴也と、みんなにとっての僕。
僕が救えなかった命と、救えた2人の命。いや、これは傲慢か。大人たちに救われなければ僕だってこの世にいなかったかもしれない。
それでもあの時。少しでも浅井晴也を気にかける事ができたなら。もっと違う選択があったのかもしれない。そう。浅井晴也が生きている未来への選択。
よく覚えていない僕がこんな風に思うのだから、きっとみんなも、僕よりももっと。
もしかしたら、生きているのが僕じゃなくて、浅井晴也なら。そう思った事だってあるかもしれない。
分かってる。そんな風に思うような人達じゃないこと。でも、今でも傷を残すほどに特別な存在だった浅井晴也。
僕はこれからどうやってあの場所で過ごせばいいのだろうか?
どうやってみんなと触れ合えばいいのだろうか?
まだ僅かな関係性であっても、深い所では繋がっていた僕らを、これからどう紡いで行けばいいのだろうか?
いや、こんなこと考えている僕はお門違いなのだろうか?
だって浅井晴也と親しくも、きっと話した事がなかった僕だ。僕がみんなと同じ位置に立つ事はきっとこの先あるはずがない。
「刹那?大丈夫?」
頭が処理できないほどの情報と、鬱々とした感情が、血管を伝って体内を循環し、浅い呼吸を繰り返す僕を心配した母が、僕の顔を覗き込んだ。
「あ。うん。大丈夫。ちょっと落ち着かないだけ、ゆっくり寝ればきっと、明日には元通りだから」
空元気だと分かっている。きっと母にも伝わっているはず。
僕は逃げるように席を立ち、自室に向かうため廊下へ出ようとドアノブに手をかける。
「どうしようもなかったんだ。お前はよく頑張った。俺は誇りに思っているぞ」
そんな僕の背中に無口な父には珍しく、そんな僕を気遣う言葉をかけてくれる。
「うん。大丈夫。ありがとう」
僕は居たたまれなくなり逃げるようにその場を去っていった。
ーーーその夜夢を見た。
何もない空間。真っ暗で空気すらも無いような静かな空間。
僕はそこでただ立ち尽くしている。
「………せいだ。お前………ければ」
「え?何?」
そんな僕の耳に途切れ途切れに聞こえてきたのは、そんなこもった男の声だった。
「お前が………ければ。生き…………のに」
「誰?何が言いたい?」
何とか拾いきれた単語を並べても、僕に向かって何かを言っているということしか分からない。
「僕が何かしたっていうのか?あんたは誰なんだ」
何処にいるかもわからない声の主に聞こえるように声を虚空に張り上げる。
「………だ。お前………」
まただ。またよく聞こえない男の声。
「だからなんだって言うんだよ!!」
今度は怒声交じりの声をあげてみた。すると、今度はハッキリと鼓膜を破るかのように、その声はこう答えた。
「お前のせいだ!!」
ーーーー「ハッ!!」
はぁはぁ荒くなる息。初めてだ。こんな悪夢を見て飛び起きたのは。
滴る汗が首筋を擽りながら通っていく。
渇いた喉が張りついて苦しさも覚える。
きっと昨日の夜、母から聞いた話のせいだろう。
僕の頭の中で築かれた浅井晴也が、僕に恨み言を放っていた。そう解釈できる。
あの日の僕に何が出来た?今なら簡単に思える事も、当時の僕にも出来ただろうか?
浅井晴也という名前だけが支配する陰鬱な朝、陽気はそんな僕を嘲笑うかのように照っている。
リビングへ下りるといつもと変わらず母が朝食の準備を、父はソファーに陣取って、国の情勢を眺めている。
「おはよう」
僕は少しの気まずさを紛らわすために自然に挨拶をする。
「おはよう。もう少しでご飯できるから」
「うん」
そんな僕に母は、まるで昨日の夜の事がなかったかのように、テンプレートな朝を演出している。それは父も同じだ。
きっとそれが両親の優しさなのだろうと思う。そしてその優しさに報いるために、陰鬱な気持ちはここでは見せるべきではないと思った。
だからこそ自然にいつものように。
そうやって過ぎていった朝は果たして普通と呼べるものだっただろうか?
自然を意識しすぎて逆に不自然になっていなかっただろうか?
そんな心配をよそに、母はいつものように笑顔で玄関先から見送ってくれる。
再び浴びせられる優しさに僕は手を振って返すと通学路をなぞりはじめた。