「みんな、ありがとうね。刹那と仲良くしてくれているみたいだね」

「いえ、そんな、私たちもいつも楽しませてもらっていますから」

母と椿の会話を聞いていてむず痒い気持ちになる。

社交辞令でもなんでもいい。僕と居て楽しく思ってもらえているのならそれを嬉しく思う。

「こんな所で、この景色を見て、刹那ったら、青春を謳歌しちゃってるわね!」

年相応に見えない若々しさを武器にウィンクを決める母を見ている子の気持ちは、きっと稀少な者しか味わえないと思う。

「でも、みんなあんまり遅くならないようにね。親はいつの時代でも子を心配するものだからね」

苦い表情をしている僕を尻目にそう言い残し、再びウィンクを決めた母は颯爽と帰路についた。

「相変わらず、なんというか、若々しいよな刹那のお母さん」

昔の母の事は知らないが、僕が引き取られる前から変わっていないらしい母の背中を、懐かしさの含んだような目で見送る一同。

僕だけは蚊帳の外で、気恥ずかしさを取り払うようにして再び海に視線を向ける。

母の登場により、迷宮の入り口立たされた疑問はそのままで、次に誰もその話題に触れることはなかった。

ーーーー その日の夜の事。父はソファーにふんぞりながら、静かにお酒を嗜んでいる。

僕はその横のダイニングチェアに腰かけると、キッチンで作業中の母に何の気なしにその名前を問いてみた。

「ねぇ母さん。浅井晴也って知ってる?」

その名を口にした途端、場の空気が一転したのが分かる。

それは母だけではなく、父からも醸し出されている。

「刹那。覚えているの?いや、知っていたの?」

「知っていた?いや、なんというか、その名前に聞き覚えがあってさ、でもどういう接点だったか思い出せないんだよ」

「そう」

神妙に作業を続ける母と、酒を煽るペースが少し早くなる父。

間違いなくこの2人は知っているのだ、浅井晴也が何者で、潮騒部の中でどういう存在なのか。

「教えて欲しいんだ。みんなに聞けば教えてもらえるかもしれないけど、きっと、口にだすのも辛い事があった、そんな気がするんだ。だから、知って起きたいんだ」

珍しく真面目に姿勢を正した僕に、母と父は一度顔を見合わせて、2人の中で意思が固まったかのように一度頷き合う。

「分かったわ。全て話すわ」

母は作業の手を止めると、僕の正面の席についてポツリと話し始めた。

「10年前。天津(あまつ)海岸であった事故の事、覚えている?」

天津町の天津海岸。さっきまで見ていた海岸。そこで起きた事故の話。

「うん」

「あの日。雫ちゃんのご両親の持つプライベートビーチで、雫ちゃん、広明くん、あ、ナルくんか。それから椿ちゃんに七海ちゃん。そこにもう1人、晴也くんの5人で遊んでいたの」

一瞬、脳でフラッシュ画像のようにあのビーチの映像が浮かんだ。

そういつか僕もいたあの日ビーチだ。

「当時、刹那を引き取った私たちは、早く友人を作ってあげたくて、昔から親交のある、みんなご両親に誘われて、その場に来ていたの。みんなと友達になれればいいなと思ってね」

僕があの日あのビーチに居た理由。良く思い出せなかったがなるほどそれなら納得だ。

「そんな中でね、少し遅れてきた私たちが挨拶をしていた時に、あなただけが先にみんなの待つビーチへと向かってね、それから直ぐだったと思うわ。雫ちゃんが私達のもとへ、血相を変えて駆け込んできたの。椿ちゃんと、七海ちゃんが、崖から落ちて海に沈んでしまったって」

これがあの日の事故の流れだという。ここからは僕もボンヤリと覚えている。

2人を助けるために海に潜って………?あれ?そういえば、あの時海に助けに行ったのって僕だけだったっけ?他にもう1人居た気がするんだけど。

「それでね、私達は急いでビーチへ向かったの。その時はすでに、あなたと晴也くんが、2人を助けに海へ入って行っていてね」

浅井晴也が海に?ああそうだ。やっぱり。もう1人居た。小さな男の子がもう1人。顔もよく見えなかったその男の子か浅井晴也だったのか。

「すぐにお父さんたちが、あなた達を引き上げたんだけどね、あなたや椿ちゃん七海ちゃんは、あなたのお陰もあって、ビーチからそこまで離れてはいない距離で救助できたんだけど、晴也くんだけはね、運悪く波に拐われてしまったの。それで救助が少し遅れてしまった」

「え?」

雲行きが悪くなり、波も大荒れになっていく。

そして芽生えた最悪な結末が花を咲かせない事を祈り、母の次の言葉を待つ。