ーーー 本日の部活動を終えて潮騒部メンバーと共に昇降口へと向かう。

活動といってもメインがシュークリームだなんて、本気で大会を目指している部活動の 前では口にできないだろう。

昇降口へと向かうと待っていたのであろうナルの姿があった。

「あ、お疲れ!」

美琴が手を上げて軽い労いの挨拶をすると、僕たちも続いてナルに声をかける。

ナルもそれに「おう!」と返事をして、歯を全て見せるようにして笑みを浮かべる。

「あ、これ」

美琴はシュークリームの箱を差し出すと、反射的に出したナルの手のひらの上に置いた。

「こ、これは! 伝説の、パンプキンのシュークリームだというのか!!」

「はぁ、本当に男の子人って、伝説とか好きですよね」

七海が目を細めて深いため息をつく。

「え?でも七海だって、白馬の王子様と、壁ドンとか、私を救ってくれるヒーローとか、とてもメルヘンチックな所あるよね」

「ちょ、ちょっと椿ねぇ!!それは子供の頃の話でしょ!!」

「そうなの?この間も少女漫画を読んで、ニヤニヤしてたよね」

「は!?いつ、いつ見たの!?じゃなくて!!別にニヤニヤなんてしてないよ!!こんなことある訳ないじゃん! って嘲笑ってただけ!!」

分かりやすく動揺して、2年生の下駄箱を開けて靴を取りだそうとする七海。

「ちょっと、七海ちゃん。1年生はあっちじゃ」

僕は直ぐ様それを指摘すると、顔を真っ赤にした七海はそそくさと自分の下駄箱へ向かっていく。

暫く顔を赤くしてむくれ顔の七海をなだめるようにして僕らは帰路についた。

海沿いの綺麗に整備された遊歩道。少し遠回りになるこの道が僕らの日常になっていた。

浜辺側に膨らむように広がる小さなスペース。等間隔に設置されたそのスペースには、海を臨むようにしてベンチが2つ並んでいる。

男子と女子に分かれてそのベンチに腰をかけ、海を眺めながら談笑する、それが潮騒部の活動の延長戦だった。

こうして海を眺めてということが、そもそも潮騒部の目標である「海へ行こう」にあたるものなのか分からないが、潮風が頬を撫でるこの時間は格別だった。

「なぁ。願いってあるか?」

そんな心地よい風に今日も身を預けていると、不意にナルがそんな事をいいだす。

「願い?う~ん。急に言われてもなぁ」

突飛な質問に瞬発力的に答えられるほどの願いがない僕は頭を悩ます。

「例えば、大金持ちになりたいとか、どこどこに行きたいとか、何々を食べたいとか、それこそ、白馬の王子様に連れ去られたいとかさ」

「だからその話は!!」

折角直した機嫌を再び損ねてしまう七海。

「別に無欲ってことじゃないんだけどさ、願いって言われても、割りと今に満足しているから、それ以上を望んでも、叶わないものばかりだと思うし、それはもう願いよりももっと儚い、夢になっちゃうと思うから、軽く導き出せる願いは、特にないんだよね」

この青い春な空間のせいか、らしくない言葉がすらすらと声になる。

「叶わない願いは夢となるか。確かに夢ってなんだか現実味がないよね。願いの方が手元にあるように感じる。じゃあ、夢よりももっと儚いものは、なんて呼べばいいのかな?幻想?」

そんな僕にあてられてか椿も感傷的に言葉を紡ぐ。

「幻想ね。なら人間なんて、私たちなんて、幻想ばかりを欲する、無力な生き物なのかもしれないわね」

「う~ん。なんか皆さん、難しく考えすぎだと思いますけどね。私はどんなに無理だと言われても、望み続ければ、多少、形が変わっても、いずれ手に入ると思いますけど」

椿に同調した美琴と、それの対に立つ七海。

「ふ~ん。例えばどんな物が手に入ったのかしら?もしかして、最近そんな出来事があったとか?」

「なへっ!?」

きっと美琴の思い付きであろう言葉で、また分かりやすく動揺する七海には、きっと憧れていた物が見つかったのだろう。

「別にそんな事ないもん!そ、そんな簡単に手に入ったら苦労しないし!」

「それが手に入った、もしくは、入りそうだからそんなに笑みが溢れているんだ?」

「ふぇ!?わ、私そんなにやけてる!?」

「いや、嘘よ。言ってみただけ」

「美琴先輩!!」

美琴の追撃に翻弄され続ける七海。その光景はさながら姉妹のようだと、本当の姉のいる横で考えるのは野暮だろうか?

「でもそっか。幻想なんだね。この景色は…………」

そんな2人の熱を下げるようにそう小さく吐き出したのは椿だった。