確かに眠ったはずだった。それなのに私は夜の商店街にいた。見覚えがあるのは学校のすぐ近くにある商店街だから。シャッターが閉まっている店ばかりで活気はなく寂れていて利用するのは近隣に住む老人しかいない商店街だ。

「夢かな」

 街灯もなく、店の灯りも消えてしまった深夜の商店街は月明かりがわずかに照らすのみで正直薄気味悪い。
 だけど夢にしてはリアルだ。歩いている感触がしっかりとある。埃っぽい匂いもするし寒さも感じる。冬が近づいた風は冷たく自分の身体を抱くと制服姿だと気づいた。
 暗い商店街にひとつオレンジの光が見えた。優しい光に吸い寄せられる虫のように近づいてみると、古い喫茶店があった。サインランプには『喫茶サン』と大きく書いてあり、その下にはコーヒーカップの絵と「やすらぎのばしょ」と文字がある。
 時代を感じる店だ。深夜でも営業しているのか珈琲の香りが漂ってくる。ガラス窓の白いレースのカーテンの奥を覗こうとすると、扉のベルがカランと鳴って七十歳くらいの痩せた白髪のおばあさんが出てきた。

「あら。また若いお客さんだ。入って」
 意外と強い力に押されて私は喫茶店の中に入った。
 低い天井からランプがいくつも垂れ下がっていてオレンジの正体に気づく。深夜にも関わらず高齢者が十人程いて狭い店内は満席だった。

 その中に私と同じ制服を着た男の子がいて、私はその席に案内された。

「全く。若い子がこんなところにきたらダメよ」
 おばあさんは店主だと言い、お小言の後にクリームソーダを持ってきてくれた。さくらんぼがついている理想的なやつだ。

「来たからにはごゆっくり。あとは若い者同士で」

 残された私達は遠慮がちに目線を絡ませた。私と同じ制服を着崩すことなくきっちりと着込んだ痩せ型の男の子。

「私、キリタニチエ。あなたは?」
「ナカガワヨウ」
「あなたどうやってここに来たの?」
「気づいたら。眠ったはずがここにきたんだ」

 自信のなさそうな小さな声がクリームソーダの泡と一緒に溶けていく。

「私も。これって夢だと思う?」
「どうかな。夢にしては…甘い」

 彼はソーダに浮かぶアイスを掬って一口食べた。サラサラの前髪が目を覆っていて表情があまり掴めない。私も一口食べる。喉にアイスの冷たさが溶けていくと不安な気持ちも薄れた。

「私一年生。あなたは?」
「キリタニさんも?僕も一年」
「千枝でいいよ」

 どうせ夢なのだから不思議な状況を少しでも楽しもうと私は親しく話しかけた。

「僕もヨウでいいよ」
「ヨウってどんな漢字?」
「葉っぱの葉でヨウって読む」
「私の名前と似てるかも、千の枝で千枝」

 あまり表情は見えないけど葉の口元が少し緩むから私もつられて微笑んだ。

「葉のこと学校で見たことないな」
「…僕は地味で目立たないから。一軍キラキラ女子には縁がない」
「一軍なんかじゃないよ」

 一軍なのはアヤとチナだ。私は見た目だけ整えて二人についてまわるだけ。気恥ずかしくなって言葉が止まる。

「お、若いのがいるな」カランと音が鳴り、入ってきたガタイのいいおじいさんが私達を見て言った。

「お前らもやるか?」マモルと名乗るおじいさんは店の棚から色あせたオセロを取り出した。

「いいね。やろうよ、葉」
 オセロなんて何年ぶりだろうか、小学生の頃ハマっていた。パチンパチンと音を立てて、黒を白にしていくのは楽しい。でもあっという間に黒ばかりになっていく。

「葉、強すぎない?」
「オセロ得意なんだ」

 気付けば私達は熱中して何戦も繰り返した。あまりにも負けるものだから店内の皆が私の応援をしてくれて「やりづらいなあ」と葉は文句を言った。

「もう終わりにしない?」
「まだまだ、もう一回」
「そうだ!勝つまでやれ千枝ちゃん!」
「はあ、わかったよ」

 やれやれという仕草を作るけど、葉の口角は上がっている。お年寄りに囲まれて、初対面の男の子とオセロに明け暮れる。おかしな空間過ぎて自然と笑みがこぼれた。