どうしてこうなったのか。
 皆さん混乱してると思います。
 なので説明します。
 どうか、最後まで聞いてください。


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名前は
 春風 夜(はるかぜ よる)
 思い出せる最初の記憶は2歳の時に友達がブランコから落ちて号泣してるのを眺めているとき。
 この話をするためにはこんな頃から話さないと。

 心配だったんだとは思う。その落ちた子の事を。
 でも私の親も、もちろんその子の親も、もう1人の友達のお母さんもみんながその子を囲むから何も出来なかった。

 幼稚園の時は積極的で、結構強い性格だったんだよね。
 友達を泣かしたこともある。
 「それやっちゃダメなんだよ! 」
 って言ったら泣いちゃった。
 先生にも怒られて
 あ、ダメな事をダメって言うことは必ずしも正義じゃないんだ。
 ってそこで学んだ。

 小学生になって女の怖さを知った。
 ませた子が、安い服を着てくる子の悪口を言っていたのを聞いて結構ドン引きしたのを覚えてる。
 AちゃんはBちゃんの悪口言うしBちゃんはAちゃんの悪口言うのに気が付いたら2人仲良くなってて私が1人ボッチになった時不思議すぎて意味が分からなった。
 え? なんで? 嫌いって言ってたじゃん。自慢ばっかりするところが嫌いなんじゃなかったの?
 何それ。気持ち悪。
 
 体育の授業で自分のできることを私ができないとこれでもかってくらい馬鹿にしてくる"勘違い金持ちの家女"が現れた。
 その子は私含めた沢山の人を家に招いては
 「これは牛の皮でできたソファーなんだよ」
 「これお父さんが海外で買ってきてくれたブランドのバック~」
 そうやって何度も何度も自慢した。
 そしてなぜか「夜ちゃんは触っちゃダメ」と言った。
 なんでかって。いつも家に連れてくる人の中で私が1番何もかも劣ってたから。
 顔も。勉強も。運動も。
 
 そこで気づいた。 
 私はみんなと同じ世界を生きてないんだって。
 それからはマスクをして過ごすようになった。
 自分に自信がなくなってしまったから。
 
中学生のとき、ある人と出会ったの。
 これが私の人生を大きく左右する出会いだった。
  
 「絶対に俺がお前を守るから」 
 
 それが彼の口癖だった。
 根暗で、地味な私に彼はいつもそう言った。
 だから私はそんな彼になんでも話した。
 
 誰にも何も勝てない。また誰かの目に留まらないように人の顔色ばかりを窺うようになっていた私は
 辛い。死にたい。もう嫌だ。実はリストカットしてるの。って
 全部言った。
 そのたびに彼は私を温かく包んでくれた。
 よく頑張ってるね。そのままでいいんだよ。生きててくれてありがとう。
 
 沢山泣いて、満たされていた。

 なのに。

 ある日教室に入った時。
 クラスの時間が止まった。
 みんながこっちを見てる。
 白い眼が向けられていた。

 え、なに? 怖いんだけど。
 なんかした? 私。
 困惑して、心がざわざわ言う。呼吸が浅くなって、動悸を感じる。
 それを感じられないように、平然をよそって机に荷物を置いた私に投げられた言葉は
 
 「夜ちゃんってメンヘラだったんだ」

 血の気がサッと音を立てた。
 傷跡は隠してる。
 彼以外に弱音どころか会話を交わした人なんてほとんどいない。
 じゃあどうして?
 誰かに盗み聞ぎされてた?

 「どうして?」

 もし私が女優ならきっとどの映画にも出られない。
 それくらい声に余裕がなかった。
 その人の目が見れない。

 「これ、見ちゃったんだよね」

 そうやって、そらす私の視界に無理やり入り込んできたスマホの画面を観て
 そこから記憶がない。

 [私ね、辛くて。学校で誰にも評価されなくて、誰も私を見てくれる人がいないのが本当に辛くて。私はみんなよりなにもかも劣ってるから、あたりまえかもしれないんだけどさ。それでもやっぱり辛いよ]
 [それで切っちゃったの?]
 [うん]
 [見せてくれる?]
 [いいよ]

 そういって傷跡を見せる私の動画が彼のSNSに上がっていた。

 
 気が付いたら知らない公園にいた。足元は上履きのままで。
 傷口に親指を立てて強く、強くなぞった。
 私にはこれしかなかったのに。
 これが私の逃げ道だったのに。
 これさえ封じられてしまったら、どうすればいいの?
 私ってメンヘラだったんだ。
  
 ようやく見つけた寄り添ってくれた人。彼は私を話のネタくらいにしか思っていなかったみたい。
 弱ってる人間に漬け込んで、優しくしている自分に酔ってるだけだったんだ。
 人のことなんて信用しちゃってバカみたい。
 私には1人がお似合いよ。
 1人で、誰にも理解されず、孤独に生きていくしか方法がないの。
 あーあ。
 バカだね。私。

 ベンチに力なく横たわる私をどこからやってきたのか、金木犀の香りがそっと撫でた。
 
 あ、死んだら
 金木犀の花に包まれてあの世へ行きたいな。

 
 幼稚園の時に
 ダメな事をダメって言うことは必ずしも正義じゃないんだ。
 って学んだ。

 小学生の時に
 私はみんなと同じ世界で生きてないんだ。
 って気が付いた。

 中学生の時に
 人なんかを信用してしまった自分はどれほどまでに愚かなんだ。
 と絶望した。 
 
 高校生になって
 明るくふるまってバカキャラでいることが全ての解決策なんだ。
 と知った。

 そして大学生の今。
 私はダメと言えない
 底辺の
 誰のことも信用することのできない
 明るいバカキャラになった。

 ノーと言えないからバイトも鬼のように入れられた。
 人の事を信用していないから私は全ての講義に出席した。
 そしたら私に出席を頼む人が沢山現れた。
 みんな私の書いたレジュメを写した。

 それでもみんなは私の事を煙たがった。
基本がネガティブだから、自分の発する言葉がネガティブだと気づけないのもあるし
 無言の時間が恐ろしくてダメだから、私はよくしゃべる。
 よくしゃべる私にあまりいい顔をする人はいなかった。
 別に何か特別辛いことがあるわけじゃないのになぜか毎日がしんどい。
 
 私の話は聞く耳持たないくせに自分の不幸自慢と幸せ自慢の話は止まらない子の話を聞いて、頷いて、気の利いた一言を言わなきゃいけない生活に飽き飽きする。
 あー、私の話ってつまらないのね。でもあなたと私のしてる会話、多分あんま変わんないよ?
 
 でも聞いてほしいんだよね。うんうん。聞いてあげるよ。うんうん。え? 明日? 授業? 出るよ。ん? 出席? あーいいよ。出すよ。しょうがないよね。家遠いんだもんね。だるいよね~1限って。

 バイト? そうだね。今日も明日もバイトかな。店長が困ってたから。断れたらいいんだけどね。そうだよね、入りすぎだよね。じゃあ次言われたら断るね。へへへ。

 

 あ、つら。


 いや、辛くない。


 へーき、へーき。

 

 「夜ってさ~いろんな人にいい顔しすぎだよね」


 
 みんな、気づけばいい。
 私がいなくなった時、私のような人がいることでどれだけ助けられてきたのか。
 
 
 ダメな事を「ダメだよ」ってはっきり言ってくれる人がいないから親の名誉にすがって人を見下すことしかできない人が出来上がるんでしょ?
 自分に酔って人を陥れるような人がごまんといるからこの世は生きづらいんでしょ?あいつは私がいたから沢山の欲求を満たし続けられたんでしょ?
 みんな、私みたいに自分を取り繕っておバカキャラを演じる人がいなきゃ自分を確立できないくせに。「夜ちゃん頭悪すぎ~」って笑いが起こった時、あたかも自分が面白いことを言ったんだと勘違いしてるやつらいっぱいいたよね?
 私がいなきゃ成績終わってる子もいるでしょ?いつも出席を出して課題教えてあげて過去問配ってるのは誰?
 自分でできるわけ?
 今共通の敵がいるからみんな仲良くできるんでしょ?
 その薄っぺらい友情をつなぎとめてるのは誰?

 どうしたらみんなこれに気づくのかな。
 どうしたらわかってくれるのかな。
 幼稚園の時のあいつも小学生の時のあいつも中学の時のあいつもあいつらも高校の時のあいつらも大学のこいつらも。
 SNSで声明を上げてみる?
 うーん。いまいち。バレたらやだし。
 漫画にして何かに応募してみる?
 いやいや。才能ないし。
 うーん。
 うーん。
 
 あ

 いいこと思いついた。

 急いで紙とペンを取り出し、必死になって文字を書いた。
 手が止まることはない。
 書きたいことは決まってるから。
 
 私が書いているのはこの手紙。
 これが出来上がって、みんなに読まれて、少しでも何かが変わってくれるなら。
 それだけ願ってこの手紙を終わりにしようと思います。
 最期まで聞いてくれてありがとう。
 それではさようなら。


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 「これがこの子のみんなに伝えたいことでした。ご清聴ありがとうございました」

 涙ぐみ、途中何度か詰まってしまったけど

 ちゃんと最後まで読んだからね。

 私のかわいいたった1人の娘。

 この子の性格の変化には何となく気づいていた。
 傷にも。
 それでも、あんまり親が関与したら嫌がるかな。自分から言ってくるまで口出ししない方がいいのかな。そう思って何もしなかった。
 ごめんね。
 あなたが心置きなく頼れる母親じゃなくてごめんさない。
 あなたはそんなお母さんを恨んでいますか?
 ねぇ、夜ちゃん。
 手紙にはお母さんのこともお父さんのことも書いていないのでわかりません。
 もしかしたら手紙にも書きたくないくらいきらいだったのかなぁ。
 ごめんね。

 でも、これだけは。

 今までよく頑張ったね。
 生まれてきてくれてありがとう。


 部屋いっぱいに広がる金木犀の花の匂い。
 この日のこの香りを私は一生、忘れないでしょう。