「『思い出』という名の保険があるもんな。それに記憶の二重封印を施したことといい、再び、奏多の神としての記憶を封印する力が弱まってきても、記憶を改めて封印する手立てを考えている……そんな節も上層部にはあるからな」

もし、その言葉が真実だというならば、これから起こるのは最悪だ。

「一族の上層部はこの襲撃を見越していたんだろうな」

今なら分かる。これが最適解だと思ったからこそ、一族の上層部は即急に奏多のもとに赴き、記憶の再封印を施したのだ。
この世の悪意を凝集したような一族の上層部のやり方に、慧だけではなく、観月も激しい嫌悪を覚えたのは間違いない。

「記憶の二重封印……。そして――」

先程の出来事を思い返し、奏多は眸に戸惑いの色を乗せた。
『破滅の創世』がこの場で、奏多達が紡いだ想いを断ち切るだけならば簡単だろう。
しかし、そこに縋る奏多達の――大切な人達の心の拠り所を奪うことにも繋がるのだ。

「人間として生きたくない……か」

あの時、発したその言葉は今も奏多に重くのしかかっている。
奏多は神としての意思ではなく、最後まで自分の意思を貫きたいと願っている。
それでも心のどこかで、それを否定している自分がいることに気づかされた。

「人間として生きたい。生きたくない。どちらもきっと俺の意思だ」

あまりに複雑すぎる想いに苛まれて、奏多は表情を曇らせる。

神の魂の具現として生を受けたこと。

幼い頃、明かされたその真実は驚愕というより残酷だったと感じた。
尋常ならざる力を持つことは同時に尋常ならぬ運命を背負うことになるのだと、奏多は身を持って知ってしまったから。

奏多の進む明日。奏多が生きる未来。

そこに奏多の意思があるとしても、それは『破滅の創世』の意思じゃない。
だからこそ、二つに切り離された意思は、一つだった頃に戻ろうとしている。

「それでも、この相克した二つの意思にも救いはあるはずだと思う」

二つの相反する意思。
それは嘆き、悲しみ、悲鳴だけの意思なんかでは――決してないのだと。

「だったら、俺はこのまま、人間として……そして神として生きたい」

人間として行く先でも、神に戻る先でもない。ただ、覚悟だけがそこにある。

「それって……奏多くんがこのまま……奏多くんと神様の奏多くん、二つの意思を持ったまま、生きていくことですよね」

結愛はぽつりと素直な声色を零す。