「世界の一つを滅ぼす、それは膨大で恐ろしく強大無比な破滅の力です。そして、その滅びの過程で他の――数多の世界が巻き添えを食う可能性があるのです」

一族の上層部の一人が深刻な面持ちで告げる。
苦渋に満ちたその顔からは、その奥にある感情の機敏までは読みきれない。

「あらゆる物事は『立場』が変われば『見え方』が変わるものです。もはや、この世界を守る方法は一つ。『破滅の創世』様にこのまま、人間として生きて頂くしか他はないのです」

少なくとも一族の上層部は、半ば盲目的に――あるいは狂信的にそう信じていた。
数多の世界の可能性を取り込んだこの世界で繰り返される『破滅の創世』という神の加護を用いた実験と解析。
その過程で顕現する『破滅の創世』の配下達という存在は、一族の上層部にとって看過できないものになっていた。

「それって、俺の決断でこの世界の命運が決まるんだな」

あまりに複雑すぎる想いに苛まれて、奏多は表情を曇らせる。
神の魂の具現として生を受けたこと。
尋常ならざる力を持つことは同時に尋常ならぬ運命を背負うことになるのだと、奏多は身を持って知ってしまったから。

「奏多様。人間として生きたいと願ってください。そうすれば、我々が全力を持って奏多様の神としての記憶を再封印します」
「記憶の再封印か……」

一族の上層部の一人の申し出に、奏多は眸に戸惑いの色を乗せた。
『破滅の創世』がこの場で、奏多達が紡いだ想いを断ち切るだけならば簡単だろう。
しかし、そこに縋る奏多達の――大切な人達の心の拠り所を奪うことにも繋がるのだ。

「それしか、この世界を救う手立てはないのか……」

一族の上層部が選んだものが最高の解と結論づけるには少なくとももう一つ、別の答えが必要になるだろう。
その存在すらも無駄で無価値で必要ないものと断じてしまうことは可能性の全てを放棄していることになる。
ただ、今はそれ以外、この世界を守る手立てはないように思えた。

「……俺は神の記憶がある時の自分がどんな感じなのか分からない」

奏多は拳に踏み出す勇気を込めて前を見据えた。
内側から湧き上がる神の意思に抗うことなんてできないかもしれない。
それでも停滞だけでは何も変わらないことを身を持って知っている。

「でも、俺は人間として、この世界でみんなと一緒に――」

生きたい。
奏多はその決意を口にしようとした。
しかし、不意に頬が冷たいような気がして、奏多は手を当てて見る。すると何故か、しっとり濡れていた。