司に問い掛けられてから、『境界線機関』に所属する男性は敬礼し、「以前、変わりなく」と返した。
『境界線機関』の一員として、そして一族の冠位の者として。
男性は外套で煽られ被さった埃を払い除けてから顔を上げる。
『境界線機関』の基地本部。
海外への交易路が存在し、南方には都市部が存在するこの場所は、この世界にとってある種の生命線である。

「この地は居住区域が他の基地と比べれば密集し、防衛にも長けています。なおかつ軍事基地に隣接した『境界線機関』の基地本部は、この世界にとって最後の要です」
「そうだな」

これまでの戦局を見据えた男性の報告に、司は渋い表情を見せた。
『境界線機関』の者達は無数の問題を解決し、幾多の困難と『破滅の創世』の配下という災厄を退けて世界を救い続けている。

世界の未来を担う組織『境界線機関』。
表向き、一族の者達とは協力関係になっている組織。
猛者ぞろいである彼らの存在はこの世界の人々の光明になっていた。

だが、一族の上層部もそれをよく理解しているのだろう。
一族の上層部は『境界線機関』の存在の重要性を理解しているからこそ、今回、司達が行った行動を咎めることもなかった。
しかし――

「司様。一族の上層部の方々が奏多様の記憶を再封印する手立てについて、至急、奏多様との面会を求めております」
「『破滅の創世』様の記憶のカードが『破滅の創世』の配下達に奪われたことをもう知ったのか。一族の上層部に情報が行き渡るのが早いな。誰か内密者がいるかもしれない」

それはただ事実を述べただけ。だからこそ、余計に司は自身の置かれた状況に打ちのめされる。
浅湖家や此ノ里家を始め一族の冠位の者の役割は、敵である神々と『破滅の創世』の配下の部隊に対して警戒を行うことであった。
慧達もまた、形だけでも整えた急造部隊として、隙を巧妙にうかがう『破滅の創世』の配下への牽制を行う任務を帯びている。
それは言い換えれば、一族の冠位の者は一族の上層部に逆らうことができないことを意味していた。
そして――

「内密者……。いや、一族の上層部が有している神の加護なら、一族の者でない者をその場で洗脳することも可能だ」

一族の上層部が有している神の加護に対抗できるのは一族の者達だけだ。
しかし、それ以外の者達は神の加護を防ぐ手立てはない。
一族の上層部がその気になれば、彼らを洗脳して奏多のもとに導くことも可能だろう。

このままではまずいな……。

『境界線機関』のリーダーとして、超一線級の戦いを繰り広げてきた司だからこそ感じる座りの悪さ。
何より機先を制した一族の上層部の動きが警鐘を鳴らした。