この世界はかって、穏やかな平和を享受していた。
多くの人々は神の恩恵により、前途洋々の未来が待っているのだと信じて疑わなかった。

だが、その平穏は一族の上層部の者達の手によって失われた。

この世界はもはや弱い者を、力の無い者を淘汰するように変わってきてしまっている。
そんな世界になるかもしれない、その懸念を知ろうともしなかった一族の者達の矜持が穏やかな平和を――平穏な生活を過ごしていた人々の日常を壊した。
その代償に彼らが受けることになった痛みは、悲しみは、今ではありふれた悲劇の一つでしかない。
それを導いた一族の者達こそが諸悪の根源である。
彼らはそう信じて疑わなかった。
しかし――

一族の上層部、この状況を創り出した大元とも言える要因。

彼らは数多の世界そのものを改変させることが可能な全知全能の神――『破滅の創世』を手に入れている。

神の魂の具現として生を受けた奏多。

無限の力を持つ神の加護。これにより、一族の上層部はおおよそ昔からは想像つかないような絶大な力を獲得していた。
不満は燻っているが、圧倒的で万能な力を手中に収めている一族の上層部に文句を言えるわけがない。
しかし、ある組織が結成されたことによって、この世界の人々の間で一族の上層部の者達に対する反撃の機運が高まっている。

世界の未来を担う組織『境界線機関』。

表向き、一族の者達とは協力関係になっている組織。
猛者ぞろいである彼らの存在はこの世界の人々の光明になっていた。

「作戦決行だ。よし、潜入するぞ」

司の号令の下に、一族の上層部の一人、聖花の本拠地へと多くの意志が踏み込む。
奏多達、そして『境界線機関』の者達が本拠地の奥へと。
過去を乗り越えるために、『破滅の創世』の記憶のカードを確保しようとする者。
一族の上層部の拠点の一つを潰そうと心に定めている者。
その事情は様々だろうが――とにかく誰も彼も一族の上層部へ戦いを挑む心算なのは間違いなかった。

「遂にここまで来れたな……。一族の上層部の拠点の一つへと」
「連中の根城の一つを見つけることができた、ってことね」

慧と観月は後方の奏多と結愛を守りながら回廊を抜け、建物の廊下を走る。

「一族の上層部は『破滅の創世』様の神としての権能の一つである『神の加護』を有している。その力によって、今まで一族の上層部の拠点は秘匿されていたからな」

一族の内情に詳しい『境界線機関』のリーダーである司はこの地の案内人に適していた。

「奏多様、こちらです」
「結愛、行こう!」
「はい、奏多くん」

本来なら『破滅の創世』である奏多をこの地に踏み入れさせるべきではないかもしれない。
それでも司は奏多と結愛の意思を尊重した。
信じるに足る光を、司は奏多達の中に見たのだから。