この一帯を見舞った喧噪も鳴りを潜め、今は復旧への作業が行われている。
嵐が過ぎ去れば、風の気配はなく、戦いが過ぎ去れば、熱さを感じることもない。
ただ、言葉にもできぬ喪失感だけは胸に抱く者が多く居ただろう。

『ああ。こちらも『破滅の創世』の配下達は全員、撤退している』

慧は通信機を用いて、アルリット達によって別の場所に転移させられていた浅湖家の者達と連絡を取り合っていた。

「慧、観月、遅くなってしまってすまない」

そこにカードの捜索を終えた司達『境界線機関』の者達が戻ってきた。

「観月、元気が出たみたいだな」
「……ええ」

司の言葉に、観月は胸に手を当てて穏やかな声音でそう言った。

「……結愛と奏多様のおかげよ」

そう告げた観月の表情はまるで蕾が花開くように確固たる意志を表しているかのようだった。
改めて表情を引きしめた司は本題に入る。

「……『破滅の創世』様の記憶のカードの在処が判明した」
「俺の神としての記憶が封印されたカード……」

司の報告は、奏多の瞳を揺らがせるのに十分すぎた。

「ただ、所持している相手が問題だ。一族の上層部の一人、冬城(ふゆき)聖花(きよか)、そして萩野(はぎの)まどかだ」
「まどかがカードを所持しているの……!」

次に司が放った言葉は、観月の予想だにしないものだった。
思わず唇が震える。ずきり、と頭が痛んだ。

『もう戻れないんだよ、観月ちゃん。私達はもう……!』

その在りし日のまどかの声が脳をよぎった。
まどかは意思を奪われ、ただ此ノ里家の者である観月の人質としての役割を果たす基幹的存在。
身を苛むそれが『まどか』と出会うことを拒絶しているようだった。

「お姉ちゃん……」
「大丈夫よ、結愛」

観月は一度だけ目を伏せ、そしてまた結愛をまっすぐに見つめる。

「――たとえ、まどかが行く手を遮ってきても、私達は必ず『破滅の創世』様の記憶のカードを手に入れてみせる……」

拳を握り締めた観月は手加減はしないと意を決する。
この決意が仲間の支えとなる呼び水となるように。

「全力でまどかを止めてみせるわ!」

観月は瞳に強い意思を宿した。

――過ぎゆく過去の親友に伝えたい言葉がある。
ありがとう、それから『待っていて』。
必ず助けるから――。

まどかが立ち塞がっても、屈することなく戦場に立ち続けること。
それが観月の戦いであった。






薄暗い小部屋の中で、少女は静かに笑っていた。
銀髪と紫眼の少女。
彼女の座る椅子の脇に設けられた映像機器には奏多達の様子が映し出されている。

「ああ、観月ちゃん……久しぶりだね」

壁際に侍っていた少女――萩野まどかは観月の姿を見て満足げに微笑んだ。

「ごめんね。観月ちゃんに恨みはないの。でも……どうしても『破滅の創世』様の記憶のカードは渡せないの。だからね、一族の上層部の人達に逆らえないことを完膚なきまでに教えてあげるんだから」

口から出たのは、かってのまどかからは想像もできない悪意の籠った言葉だった。

「『破滅の創世』様の記憶のカードはここにあるわ……」

銀髪の少女は――一族の上層部の一人、冬城聖花はそっと手を伸ばして愛しそうに映像機器に触れる。

「でも、私が所持している限り、それをあなた達が手にすることはないの」

窓から月明かりが射し込む中、聖花は謳うように囁いた。