「ふー、ようやく解放されました」
テーブルの端を床に下ろした奏多の前で、結愛は喜色満面に大きく伸びをする。
「んもぉー、皆さん、話し合いに集中していて、私がテーブルの下敷きになっていても知ったこっちゃない状態だったんですよ」
「それだけ重大な話し合いの場だったんだろ」
結愛は一度だけ目を伏せ、そしてまた奏多をまっすぐに見つめた。
「私にとって、奏多くんは奏多くんです。だから、他の神様や『破滅の創世』様の配下さん達には奏多くんを渡しませんよ」
確かに今こうして、間違いなく奏多は『結愛の幼なじみ』としてこの世界に存在している。その事実は途方もなく、結愛の心を温める。
「あなたがこの世界にいなきゃ、嫌です」
「結愛……」
その言葉に奏多の目の奥が熱くなる。体中の皮膚が鳥肌を立てて、感情の全てが震え出す。
「俺にとっても、結愛は結愛だ」
言葉の意味を理解した瞬間、結愛の顔は火が点いたように熱くなった。
「はううっ。……もう一回、もう一回!」
妙な声を上げながら、身をよじった結愛が催促する。
「結愛は結愛だ」
「うわああ、すごい……幸せです……。も、もう一回!」
「結愛は結愛だ」
「きゃーっ」
止まない雨は無い。明けない夜も無い。奏でる音色はきっと美しく響き渡る。
まるで幼子のように微笑んだ結愛の笑顔は甘やかな色彩に彩られていた。
筑紫野学園。
一族の者として生まれた者達はみな、この小中高一貫校に通うことが義務づけられている。
「奏多くん、おはようございます!」
翌朝、学園に登校した奏多は校門前で真剣な表情の結愛と鉢合わせした。
まばゆい朝日を浴びて、透明感のある赤に近い髪が輝いている。
「……ずっと……奏多くんのことを考えていました」
「俺のことを……?」
中等部に向かう途中、結愛はぽつりと素直な声色を零す。
「私、自分で思っていたよりも奏多くんのことが好きだったみたいです」
結愛は幼い頃、臆病者だった。姉に手を引いて貰わねば、歩き出せないほどの。
俯いてばかりいたのは責任から逃れるためだったのかも知れない。
良い子でいたかったのは、その方が愛されると知っていたからだ。
だけど――
小学生の遠足で迷子になった結愛を一番最初に見つけてくれたのは奏多だった。
たった一人で泣いていた結愛に「傍にいる」と笑ってくれた。
――本当は人間ではなくても、たとえ神でも、奏多は紛れもなく『結愛の大切な幼なじみ』だった。
「だから怖いんです、怖いんです! いつか、奏多くんが私の前からいなくなっちゃうのが!」
奏多と出逢い、そこで生まれた数えきれない感情。
何でもないことが幸せだと実感できた。
テーブルの端を床に下ろした奏多の前で、結愛は喜色満面に大きく伸びをする。
「んもぉー、皆さん、話し合いに集中していて、私がテーブルの下敷きになっていても知ったこっちゃない状態だったんですよ」
「それだけ重大な話し合いの場だったんだろ」
結愛は一度だけ目を伏せ、そしてまた奏多をまっすぐに見つめた。
「私にとって、奏多くんは奏多くんです。だから、他の神様や『破滅の創世』様の配下さん達には奏多くんを渡しませんよ」
確かに今こうして、間違いなく奏多は『結愛の幼なじみ』としてこの世界に存在している。その事実は途方もなく、結愛の心を温める。
「あなたがこの世界にいなきゃ、嫌です」
「結愛……」
その言葉に奏多の目の奥が熱くなる。体中の皮膚が鳥肌を立てて、感情の全てが震え出す。
「俺にとっても、結愛は結愛だ」
言葉の意味を理解した瞬間、結愛の顔は火が点いたように熱くなった。
「はううっ。……もう一回、もう一回!」
妙な声を上げながら、身をよじった結愛が催促する。
「結愛は結愛だ」
「うわああ、すごい……幸せです……。も、もう一回!」
「結愛は結愛だ」
「きゃーっ」
止まない雨は無い。明けない夜も無い。奏でる音色はきっと美しく響き渡る。
まるで幼子のように微笑んだ結愛の笑顔は甘やかな色彩に彩られていた。
筑紫野学園。
一族の者として生まれた者達はみな、この小中高一貫校に通うことが義務づけられている。
「奏多くん、おはようございます!」
翌朝、学園に登校した奏多は校門前で真剣な表情の結愛と鉢合わせした。
まばゆい朝日を浴びて、透明感のある赤に近い髪が輝いている。
「……ずっと……奏多くんのことを考えていました」
「俺のことを……?」
中等部に向かう途中、結愛はぽつりと素直な声色を零す。
「私、自分で思っていたよりも奏多くんのことが好きだったみたいです」
結愛は幼い頃、臆病者だった。姉に手を引いて貰わねば、歩き出せないほどの。
俯いてばかりいたのは責任から逃れるためだったのかも知れない。
良い子でいたかったのは、その方が愛されると知っていたからだ。
だけど――
小学生の遠足で迷子になった結愛を一番最初に見つけてくれたのは奏多だった。
たった一人で泣いていた結愛に「傍にいる」と笑ってくれた。
――本当は人間ではなくても、たとえ神でも、奏多は紛れもなく『結愛の大切な幼なじみ』だった。
「だから怖いんです、怖いんです! いつか、奏多くんが私の前からいなくなっちゃうのが!」
奏多と出逢い、そこで生まれた数えきれない感情。
何でもないことが幸せだと実感できた。