観月の胸を打つのは在りし日の光景。
あの日まで……観月は毎日が楽しくて仕方なかった。
霞む記憶の中、よぎるのはまどかの明るい笑顔。
彼女の亜麻色の髪が風で揺らぐ様さえも愛おしい。
大切な親友と過ごした記憶はいまだ、残酷なほど鮮明だった。

「まどか!」
「観月ちゃん、こっちこっち!」

観月とまどかは家が近くて仲良しだった。何処に行くにしても、何をするにしても一緒。
お互いに将来を、夢を、理想を語り合った親友だった。

「早く行こ行こ!」

まどかは満面の笑みではしゃぎ回りながら、そこら中をきょろきょろと見回す。

「もう、すぐに先走るんだから……」

人ごみをかき分けるようにして、観月はまどかの背中を追いかける。
出会いはほんの些細なことで、そんな出会いが歪みを生んで、観月とまどかの人生の歯車は動き出す。
それはきっとどこにでもある、ありふれた話……のはずだった。

あの運命の日までは――。

観月が目を閉じると、守る殻が曖昧になった意識にあの日の悪夢がにじり寄ってくる気配を感じる。

それは悪夢だと思いたい、現実だった。

かって一族の上層部は一つの計画を立てた。
三人の神のうち、最強の力を持つとされる神『破滅の創世』の力を手中に収めるという遠大な計画を。
矜持が狂気を呼び、その執念はやがて実を結んだ。
彼らは数多の世界そのものを改変させることが可能な全知全能の神――『破滅の創世』を手に入れることに成功する。

神の魂の具現として生を受けた奏多。

これにより、一族の上層部はおおよそ昔からは想像つかないような絶大な力を獲得していた。

無限の力を持つ神の加護。
そう――神のごとき強制的な支配力を。

狂気じみたそれはもはや集団洗脳に等しい。
無限の力を持つ神の加護を得る方法、数多の世界そのものを改変させることが可能な全知全能の神――『破滅の創世』を手中に収める方法の確立は一族の上層部からすれば『悲願』と言えた。
だからこそ――

「記憶を封印する力を持つ私達、此ノ里家の者達が一族の上層部に逆らうことができないように、私達の大切な人達の魂を支配して脅迫してきたの」

その時、一族の上層部から受けた仕打ち。
それはあまりにも痛々しく、今も観月を苦しめ続けている。

『観月ちゃん、一族の上層部の人達に逆らうんだね!』

目を閉じる度に思い出すまどかの憎しみの瞳が、観月の心を抉る。

『なら、一族の上層部の人達に逆らえないことを完膚なきまでに教えてあげるんだから!』
『まどか、なんで……』

向けられる感情も、まどかが喉を枯らして叫んだ言葉も一族の上層部の神の加護による洗脳だと分かっているのに。
その事実は鋭利で、観月の心をいとも簡単に切り裂く。

『もう戻れないんだよ、観月ちゃん。私達はもう……!』

涙で声を枯らし、絶望に打ちひしがれたまどかの、その時の泣き顔が忘れられない。
親友が何処か遠くに手の届かない場所に行った――そんな悪夢だと思いたい現実が観月をずっと苦しめていた。