既に日常が瓦解してしまった都市。

「神の記憶を封じられている状態の今の奏多様は、私達に力を貸してくれているわ。でも――」

観月は天を仰ぐ。夜空には今も煌々たる月の光が輝いている。
月明かりの下。降りしきる光が身体を伝って、次第に体温を奪っていく。

「『破滅の創世』様は相変わらずご立腹だな。今はどっちつかずの状態。とはいえ、奏多の意思も『破滅の創世』様の意思には変わりねぇはずだ。『破滅の創世』の配下の奴らも無理やりにはあいつを奪いに来ないはずだぜ」

慧は一つ一つを紐解くように応えた。

少なくとも今は、『破滅の創世』の配下達は奏多の意思を無視して強引に連れていくことはない。
だからこそ、それを確実に成し遂げるために、カードを手に入れて『破滅の創世』の記憶を完全に取り戻そうとしているのだろう。

神の意志を完遂するために――。

先程の混乱に乗じて駆けつけた部隊が、慧と観月を守るようにして陣形を組んでいた。
だが――

「……っ」

『破滅の創世』の配下達の力はまさに圧倒的だった。
その一撃は強大である。
轟音とともにそれは炸裂し、慧と観月は弾き飛ばされ、視界が回転する。
爆発的に膨れ上がるまばゆい光と、それに破砕されて宙へと巻き上げられる瓦礫の欠片。

「ケイ、今度は確実に消滅させるよ」

アルリットが放ったその一撃で慧と観月を守っていた部隊の半数が吹っ飛んだ。悲鳴の一つすら、上げる時間は与えられなかった。

「死せよ塵芥」

ヒュムノスが軽く振りかざした手の一振りで駆けつけた兵の命をいとも簡単に奪っていく。
それはもはや戦闘ではない。蹂躙であった。
何もかも絶望的。
こちらが好転する要素など、もはや何ひとつない。
こちらの生殺与奪の権を、既に連中は握っているのだ。逆らったところで末路など知れている。

「まだ、これからだ」

身を割くような痛みが迸っている。だけど、慧の顔にあるのは笑顔だけだ。

「もう二度とおまえを犠牲にするつもりはないからな。絶対に守ってみせるさ」

奏多を見つめる慧の眼差しはどこまでも優しい。
思い出すのは、忘れてしまった方がいいあの日の出来事だ。
人間は必ず何かを失う。人生とは喪失だ。
停滞や忘却でそれを免れようとする者は数多いが、少なくともここにいる彼はそうではない側の人間だった。





全ての発端は異能力を持つある一族が強い力を欲するあまり、三人の神のうち、最強の力を持つとされる神『破滅の創世』の力を手に入れようとしたことからだった。
一族の上層部の矜持が狂気を呼び、その執念はひとつの成果となって結実した。
その一族のとある夫婦の間に新たな生命が誕生し、その稚児は周囲から大いに祝福を受けた。『破滅の創世』の神魂の具現として、ありえざる形の生を受けてしまった稚児。それが――奏多だ。
しかし、奏多が誕生するに至った経緯の前に失われた命灯の輝きもあった。