どうしてだろ……。

響く。奏多の頭の中でずっと響いている。懐かしいと。
微かに。思考を過ぎる何か。
それはとても大切だったはずのもの。
そして……悲しい。切ない。やるせない。
行き場のない気持ちが体中を巡る。

「奏多くん……?」
「あ……」

戸惑いを滲ませた結愛の声が、忘我の域に達しかけた奏多を現実に引き戻す。

「……いや、何でもない」

奏多はその思考を振り払うように頭を振る。

「結愛、俺達もみんなの援護をしよう!」
「はい、奏多くん」

奏多と結愛はこれから行うことを確かめ合う。

「ふむ……レンが気にしているのは、あの小娘じゃのう」

その様子を目の当たりにしたベアトリーチェはぽつりとつぶやいた。

「はい、此ノ里結愛さん。一族の者でありながら、『破滅の創世』様を惑わす危険な存在です」
「『破滅の創世』の記憶が戻らない要因の一つにもなっておるのう」

レンの危惧に、ベアトリーチェは納得したようにうなずいた。

「不変の魔女、ベアトリーチェ……。異世界の女神……」

矢継ぎ早の展開。
それも唐突すぎる流れに、司は顔をしかめる。

「まずいな……」

驚愕と焦燥。
司が走らせた瞬間的の感情に状況は明白となった。

一族の上層部の本部で、異世界の女神と『破滅の創世』の配下達に遭遇した。

その歴然たる事実を前にして、司の取った行動は早かった。

「奏多様、こちらへ!」
「結愛、行こう」
「はい、奏多くん」

置かれた状況を踏まえた司は即座に逃げの一手を選ぶ。
迷いも躊躇いもない。
『境界線機関』の者達も奏多と結愛の身を護りながら撤退しようとした。
だが――。

「何度も同じ手は通じません」

レンは忌まわしくも見慣れた悪意を視界に収めた。

「これは……!」

想定外の出来事を前にして、『境界線機関』の者達は驚愕する。
アルリットが強奪した聖花の能力。
相手の能力をコピーすることのできるそれは、この状況下でも絶対的な強さを発揮した。

「――っ」

今回、アルリットが用いたのは幻覚の能力。
『境界線機関』の者達は各々の得物が彼女に触れることもできず、透過するのを目にする。
だが、不可解な現象に混乱している余裕はなかった。

「下らないことをするね。『境界線機関』の人間は」

アルリットはそう言うと軽く手を振りかざした。

「ぐわっ!」

その一振りだけで、包囲陣を築き上げていた部隊は崩され、『境界線機関』の者達の命をいとも簡単に奪っていく。

「ねー、『境界線機関』のリーダーさん」
「――っ」

アルリットの目に宿った殺意から、司は敢えて視線を逸らした。
殺意の一言で説明できないほど、その感情は深く深く渦巻いていたから。