「本当の本気の本物の最大級の願い事です!」
「ゆ……結愛……」
そう懇願した結愛と戸惑う奏多の視線が再び、交差する。
「……奏多くん……、だから、負けないでください……。あなたがこの世界にいなきゃ、嫌です! あなたが傍にいなきゃ、嫌です!」
言葉は、言葉にすぎない。
約束なんて言葉は特に曖昧で、時としてたやすく霧散してしまう。
それでも二人で歩む未来はこれからも続いていくと、甘く確かな約束を求めて。
「だから、お願いします。奏多くん、あの時、私と交わした約束を信じてください!」
そう言う結愛の目には光るものが浮かんでいた。
何を信じるなんて……そんなの……。
大切な人が覚悟を決めて、自分を切望する。その独占じみた想いに、奏多の胸が強く脈打った。
そんなの決まっているだろ……!
全てを包み込むような温かな光景は、張り詰めていた奏多の心を優しく解きほぐす。
その時、心中で無機質な声が木霊した。
『約束など不要なものだ。愚者を救う必要などない』
人は、永遠ではない。
そんなことは分かり切っていることなのだけど。
それでも。
それでも――
「どんなことがあっても、俺は結愛と交わした約束を『信じている』」
言葉は所詮、言葉だ。音の波は空気に触れれば溶けていく。
それでも奏多はここで終わらせたくない。
そう強く願った瞬間の想いはいまだ胸の内でくすぶっている。
熾火のように燃え尽きず、赤々と熱するままに己を昂らせていた。
「――っ! ……俺の力をものともしないか。『破滅の創世』様の力は凄まじいねぇ。だが、浅湖慧はまだ、利用価値が……っ!」
ヒューゴは阻止しようともがくが、リディアの強靭の一撃を受けた影響で身動きが取れない。
「……っ」
奏多の手が放つ光は、慧の闇を払うように輝く。
その瞬間、慧の身体から禍々しいオーラが立ち消えていった。
「……何だ、これ?」
奏多は慧の呪いを解いた自分の手を見つめる。
それは神の御技(みわざ)。
奏多の手で燃えさかる炎はさながら、万物の始原に在ったという伝説のそれにも見えた。
「……奏多のおかげで、呪いが解けたのか。『破滅の創世』様の力は凄まじいな」
「そうね」
慧の確信めいた言葉に、観月は同意しつつも不安を零す。
「でも、神の力を行使できる今の奏多様を……『破滅の創世』の配下達が拠点にお連れしたら、完全に『破滅の創世』様の記憶を取り戻す方法を見つけてしまうかもしれない」
その事実は観月の心胆を寒からしめた。
『破滅の創世』の配下達は誰よりも何よりも、一族の者に激しい悪意と殺意を振りまいている。
とはいえ、少なくとも今は、『破滅の創世』の配下達は、奏多の意思を無視して強引に連れていくことはない。
だからこそ、それを確実に成し遂げるために、奏多を拠点に連れていこうとしている。
それが今の戦場の様相。
だが、そこに奏多の――『破滅の創世』の神意を加味すれば、最悪の事態が待つ。
「それが何を指していようともな」
それでも慧は握る銃の柄に力を込める。
視線を決してアルリット達から外さずに弾丸を撃ち込む。
「……まぁ、今の俺達ができることは二つ。アルリット達を退いて本部に赴くこと、そして奏多を信じることだけさ」
「……そうね。私も奏多様を信じるわ」
世界への影響を止めるためにも、奏多を守る……それが、今の慧と観月にさし迫りし事態であった。
「観月。これ以上、被害を出さないためにも、ここで何としても食い止めるぜ!」
「分かったわ」
様々な思いが過りつつも、慧と観月は動き出す。
「『破滅の創世』の配下達、一族の上層部、どちらも味方ではないわ。慧が操られることはなくなったけど、この混乱した状況を利用して、奏多様を狙ってくるかもしれない」
そこに疑いを挟む余地はない。
観月が口にしたその言葉が全てを物語っていた。
「そうだね。あくまでも、あたし達が今回、遂行することは『破滅の創世』様を拠点にお連れすることだから」
その一言一句に恐怖に駆られ、顔を強張らせる観月。
「なら、俺達はそれを阻止させてもらうとするかねぇ」
逆に、立ち上がったヒューゴは喜ばしいとばかりに笑んでいる。
「不死のヒューゴ、俺達は、おまえも敵として見なしている」
「ああ、分かっている。だが、俺達が尾行してくることを、『境界線機関』のリーダー様は無下にすることはできない。『破滅の創世』の配下達、一族の上層部、どちらも相手にするのは分が悪すぎる。『境界線機関』のリーダー様はそう言っていたからな」
ヒューゴの的確な疑問に、司は渋い表情を見せる。
「なあ、此ノ里結愛。おまえはどう思う?」
「ほええ……!」
ヒューゴの突然の矛先の変更に、結愛はどうしたらいいのか分からず、あわてふためく。
「『破滅の創世』の配下、そして幹部の力は強大だ。おまえの大好きな幼なじみを守り抜くためには、ここは一時休戦した方がいいんじゃないか。そう思わねぇ?」
「はううっ、それは……」
ヒューゴの指摘に、結愛はわたわたと明確に言葉を詰まらせた。
「ここを切り抜ければ、俺はおまえ達とは別行動を取ると約束する」
「――白々しいな」
ヒューゴのその問いかけに――応えたのは司だった。
「別行動すると思わないから断っているんだ」
司の率直な物言いに、ヒューゴはその唇に「即答だな」と純粋な言葉を形取らせた。
「雄飛司。おまえの情に熱いところは、いつか本当に命取りになるぜ。まあ、俺はここで死ぬつもりはないから、できる限りの揺さぶりをかけさせてもらう」
現状を把握したヒューゴは唇を噛む。
このまま、悪戯に時間を消費しても平行線だ。
何もしなくては『破滅の創世』の配下達の前に為す術もなく朽ち果てるだけだろう。
ならば、機先を制した方が確かだ。
「慧にーさん……!」
奏多は慧のもとに駆け寄ろうとしたが。
「おっと、『破滅の創世』様はこちらだ! 逃がすつもりはないぜ!」
その前にヒューゴが立ち塞がる。
「このまま、俺達が代表して、『破滅の創世』様を本部までお連れする。おまえら、『境界線機関』の者達は仲良く、『破滅の創世』の配下達の足止めでもしてろよ」
ヒューゴが発したのは、提案でも懐柔でもなく、断固とした命令だった。
「……っ」
有無を言わさない形で、奏多を人質に取られた状況。
思わぬ事態に、司は表情を曇らせる。
「理解できないな。無駄だと分かっていながら、わたし達に歯向かうとは」
リディアはそのまま無造作に右手を斜め上に振り払う。
「――っ!」
たったそれだけの動作で、『境界線機関』の者達を楽々と弾き飛ばした。
喰らった力の凄まじさは『境界線機関』の者達がうめき、身動きが取れなくなるほどだ。
「凄まじいねぇ。まあ、俺はここで死ぬつもりはないから、この場から逃げさせてもらう!」
しかし、置かれた状況を踏まえたヒューゴは、即座に逃げの一手を選ぶ。
迷いも躊躇いもない。
「『破滅の創世』様には、これからも川瀬奏多様として生きてもらわないといけないからな」
そう――もうすぐで手が届くのだ。
一族の上層部にとって、唯一無二の願い。
人間として生きたい。
それを奏多が選ぶだけで――。
このまま『破滅の創世』を人という器に封じ込め続け、神の力を自らの目的に利用するという一族の悲願こそがこの世界を救う唯一の方法だと一族の上層部は知っているのだから。
「なっ……!」
リディアは一瞬、追いかけるべきか躊躇う。
だが、その迷った数瞬が明暗を分ける一線だった。
「奏多は絶対に死守するさ」
「奏多くんは絶対に守ってみせますよ!」
「奏多様は絶対に護るわ」
慧の確固たる決意に、カードをかざした結愛と観月は応えた。
「絶対に負けませんよ! 奏多くんは……『破滅の創世』様は絶対に護ってみせます!」
「結愛、敵に近づきすぎないようにね」
観月は警告しつつも、ありったけの力をカードへと籠めた。
「結愛、カードの力を同時に放つわよ!」
「はい、お姉ちゃん、ナイスです! グッジョブです!」
観月の提案に、結愛は表情を喜色に染める。
導くのは起死回生の一手。
観月と結愛は並び立つと、カードを操り、約定を導き出す。
「降り注ぐは星の裁き……!」
その刹那、迫り来る神獣達へ無数の強大な岩が流星のごとく降り注ぐ。
観月が振るうカードに宿る力の真骨頂だ。
「行きますよ! 降り注ぐは氷の裁き……!」
さらに氷塊の連射が織り成したところで、結愛は渾身の猛攻を叩き込む。瞬時に氷気が爆発的な力とともに炸裂した。
カードから放たれた無数の強大な岩と氷柱は混ざり合ってリディア達を突き立てようとするが、――全てが無干渉に通り抜けていく。
圧倒的な力量差の前に為す術がない。
「無駄だ」
「無駄じゃないですよ! 『破滅の創世』様の配下さん達の意識をこちらに向けさせることに成功しましたから!」
リディアが事実を述べても、結愛は真っ向から向き合う。
「私は最後まで諦めませんよ。だから、奏多くんは、絶対に護ってみせます……!」
『破滅の創世』の配下達にできた僅かな隙。今はそれでいいと結愛は噛みしめる。
慧達が、奏多のもとに行く猶予を作ることができたのだから。
「さて、ここからが踏ん張りどころだ」
司を始め、『境界線機関』の者達も相応の覚悟を持って、護衛を行っている。
最優先事項は奏多の身の安全――。
『境界線機関』の者達は今回、奏多を守護する任務を帯びている。
その守りは固く、そう簡単には隙は見せない。
防衛戦を仕掛ければ、十分に凌ぐことはできるはずだ。
だからこそ――
「悪いが、ここから先は行かせねぇぜ」
「不死のヒューゴ。おまえを逃がすつもりはない」
「……っ。しっこいねぇ」
颯爽と立ち塞がった慧と司の手際の良さに、ヒューゴは舌を巻いた。
『境界線機関』の者達が、ヒューゴの位置を確認し、即座に布陣する。
「おいおい、物騒だな。俺を捕らえるつもりか」
ヒューゴは自分を取り囲む『境界線機関』の者達を見る。
「まあ、俺を捕らえることなんて、不可能に近いがな」
ヒューゴは自分を取り囲む『境界線機関』の者達を改めて見渡した。
それをきっかけに、得物を手にした『境界線機関』の者達が次々に突撃を敢行する。
「おっと! だから、俺はここで死ぬつもりはないって言っているだろう!」
ヒューゴは忌まわしくも見慣れた悪意を視界に収めた。
「くっ……!」
想定外の出来事を前にして、『境界線機関』の者達は驚愕する。
ヒューゴの能力。死んだ者をアンデット、つまり不死者にすることのできるそれは、この状況下でも絶対的な強さを発揮した。
飛行機の墜落で亡くなったはずの人達が、まるでアンデットのように蘇ったのだ。
「なっ!」
奏多は自分を取り囲む乗客達を見つめた。
「こいつは……!」
「……どうなっているの?」
想定外の出来事を前にして、慧と観月は驚愕する。
「ど、どうして……?」
「ほええ、大変です。皆さんが奏多くんを取り囲んでいますよ!」
奏多と結愛は混乱する頭でどうにか言葉を絞り出す。
「ちっ、この状況も、奴の仕業か」
「そんな……。これもヒューゴの能力によるものなの……」
慧と観月の反応も想定どおりだったというように、ヒューゴの表情は変わらない。
「不死能力。その能力、本当に素晴らしいね。ねー、一族の上層部さん」
「……冬城聖花の時と同じように、機会を見計らって俺の能力を奪う魂胆ってわけか」
アルリットの目に宿った殺意を前にしても、ヒューゴは余裕綽々という感情を眸に乗せる。
「うん、そうだね。あの人間の能力はかなり便利だよ」
ヒューゴが抱いた疑問に、アルリットが嬉々として応える。
そう、便利――あるいは使い道があるとでも言い換えてもいい。
その言葉の裏には『聖花の能力には利用価値がある』という事実がある。
奏多を取り囲む乗客達。
彼らはみな、虚ろな眼差しで、とても正気の沙汰とは思えなかった。
ヒューゴの能力。死んだ者をアンデット、つまり不死者にすることのできるそれは、この状況下でも絶対的な強さを発揮している。
恐らくは無理やり、アンデットにさせられているのだろう。
「皆さん、これ以上は行かせませんよ! 私達にとって、奏多くんは大切な存在です!」
「……結愛!」
乗客達が無理やり、アンデットにさせられている。
何とか状況を飲み込んだ結愛は勇気を振り絞り、奏多のもとに向かった。
「いいのか? 奏多様に危害を加えることになっても」
「そんなわけねぇだろう……!」
ヒューゴの冷ややかな言葉に、慧は銃口を向けて断言した。
奏多達を救うために。
もう、逃げ出してはならないと慧は知っているから。
「司、ここで何としても食い止めるぜ!」
「当然だ」
様々な思いが過りつつも、慧と司は動き出す。
穏やかならざる空気を纏う戦場。
奏多がいる場所。
そちらへと視線を滑らせて――。
「奏多、今だ!」
「慧にーさん!」
慧は、奏多がヒューゴの手が逃れられる猶予を作るように発砲した。
焦りもない。
怯えもない。
正確無比な射撃で、慧はただ眼前のヒューゴを撃ち抜いた。
『冠位魔撃者』、彼にその名が献ぜられた理由の半分は卓越した銃さばきにある。
「……っ!」
その間隙を突いて、奏多はヒューゴの拘束を振りほどいた。
「奏多くん、大丈夫ですか?」
「ああ。結愛は大丈夫か?」
「はい。大丈夫ですよ」
解放された奏多が、結愛を守る位置に移動した。
奏多の安全さえ確保できれば、慧と観月が懸念する要項が減る。
あとは全力で奏多を死守するのみ――けれども致命状態には気をつけながら、慧は観月と連携して次の攻撃に移った。
「ふーん。亡くなった人間を、アンデットにしたんだね。あなたの能力って面白いね。確か、死んだ者をアンデット、つまり不死者にすることができる力だよね」
ヒューゴの姿を認めてから、アルリットはにこりと微笑んだ。
「アルリット、このまま『強奪』するのか?」
「うん。利用価値がありそうだし」
リディアの疑問に、アルリットは朗らかにそう応えた。
「それにケイのように生き返ったら困るからね」
重要な任務に失敗し、アルリットに殺害された後、慧はヒューゴの手によってアンデット、つまり不死者として蘇っている。
だからこそ、アルリットはヒューゴが再び、別の者を蘇させてくると踏んでいた。
「『破滅の創世』様の神の権能の力に目を付けて、私欲のために利用している愚か者」
銀髪の少女――リディアが発した戦意の言葉は、刹那の迷いすらなかった。
最強の力を持つとされる神『破滅の創世』を人という器に封じ込め、神の力を自らの目的に利用する。その一族の行為は『破滅の創世』のみではなく、他の神全てに対しての裏切りだ。
『破滅の創世』の配下であるリディア達にとって決して看過できない行為だった。
「不死だと言ったな。その言葉、改めて確かめさせてもらうよ」
リディアはそのまま無造作に右手を斜め上に振り払う。
「――っ! ……凄まじいねぇ」
たったそれだけの動作で、リディアはヒューゴとその周囲の者達を楽々と弾き飛ばした。
喰らった力の凄まじさはヒューゴがうめき、身動きが取れなくなるほどだ。
だが――。
「何故、貴様はそんなに余裕があるんだ?」
「さあ、なんでだろうな」
状況が掴めないリディアに応えるように、ヒューゴは不敵に笑った。
「その理由は、おまえ達の方が分かるんじゃないのか?」
そう口火を切ったヒューゴは、笑みをたたえたままに重ねて問いかけてくる。
微かに。思考を過ぎる何か。
「もしかして……」
戦線の把握に務めていたアルリットは気づく。
「リディア。一族の上層部さんは、あたし達に勝つのが目的じゃない。この場に足止めすることだよ」
そう口にしたアルリットはこの数手の攻防だけで、一族の上層部の者達の手強さを肌で感じ取っていた。
ヒューゴは今、完全に待ちに徹している。
それは奏多を、自分達が代表して本部まで連れていくことを狙ってのもの。
『破滅の創世』の配下の力は強大だ。その上、不老不死である。何かあれば、勝敗の天秤はアルリット達に傾く。
だからこそ、ヒューゴは焦らない。
彼は敢えて、アルリット達をこの場に留めることを狙っていた。
自らを『囮』とすることで、『破滅の創世』の配下達と『境界線機関』の者達が対立するように仕向けるという戦術的な利用を用いてきたのである。
「慧にーさん……!」
奏多はフォローに回るために、慧のもとに駆け寄ろうとしたが。
「おっと、『破滅の創世』様はこちらだ! 逃がすつもりはないぜ!」
その前にヒューゴが立ち塞がる。
「このまま、俺達が代表して、『破滅の創世』様を本部までお連れする。おまえら、『境界線機関』の者達は仲良く、『破滅の創世』の配下達の足止めでもしてろよ」
ヒューゴが発したのは、提案でも懐柔でもなく、断固とした命令だった。
「俺達? アンデットに変えられた乗客のこと?」
先程までは気に止めなかった言葉が、観月の耳に入った。
ヒューゴの能力。死んだ者をアンデット、つまり不死者にすることができる。
ヒューゴは飛行機の墜落で亡くなったはずの人達を、まるでアンデットのように蘇らせている。
その者達を含めて、『俺達』と口にしたと思ったのだ。
だが――。
「奏多様。今回の飛行機墜落事故の件を受けて、お迎えに参りました」
空港で待ち構えていた一族の上層部の者達が姿を現したことで、その考えを改める。
「これって一体……」
「なるほど。飛行機が墜落したことを受けて、この場に来たんだな」
奏多の疑問に、司は置かれた状況を説明する。
「その通りです。飛行機が墜落した以上、我々も悠長に本部で待ち構えているわけにはいかなくなりました。前にお伝えしましたとおり、この世界に危機が迫っていますので」
そう前置きして、一族の上層部の者達は奏多を出迎えた。
『破滅の創世』の配下達が以前、奏多に対して使った『破滅の創世』の記憶のカード。
その記憶のカードの中には、一族の上層部が犯した罪過への『破滅の創世』の憤懣がある。
ましてやそれが延々と折り重ねった憎しみに起因するものであるならば、もはや激昂に近いかもしれない。
『破滅の創世』である奏多であればこそ、その怒りを身に染みるほどに理解している。
完全に神の記憶を取り戻せば、何度も神としての憤りに――絶望視した過去に囚われてしまうかもしれない。
そして――
「『破滅の創世』の配下達は我々、一族の者だけではなく、この世界全ての者を許さないでしょう。奏多様が神の記憶を取り戻せば、間違いなくこの世界は滅びます」
一族の上層部という存在と決して交わることがないもの。
『破滅の創世』の配下と呼ばれる者達は一族の者共々、この世界を破壊し、『破滅の創世』の神の権能を取り戻そうとしている。
『破滅の創世』の記憶のカードを手に入れた彼らは、奏多が『破滅の創世』としての記憶を完全に取り戻した後、奏多の安全を確保した上でこの世界を滅ぼすだろう。
「世界の一つを滅ぼす、それは膨大で恐ろしく強大無比な破滅の力です。そして、その滅びの過程で他の――数多の世界が巻き添えを食う可能性があるのです」
一族の上層部の一人が深刻な面持ちで告げる。
苦渋に満ちたその顔からは、その奥にある感情の機敏までは読みきれない。
「あらゆる物事は『立場』が変われば『見え方』が変わるものです。もはや、この世界を守る方法は一つ。『破滅の創世』様にこのまま、記憶を封印した上で、人間として生きて頂くしか他はないのです」
少なくとも一族の上層部は、半ば盲目的に――あるいは狂信的にそう信じていた。
数多の世界の可能性を取り込んだこの世界で繰り返される『破滅の創世』という神の加護を用いた実験と解析。
その過程で顕現する『破滅の創世』の配下達という存在は、一族の上層部にとって看過できないものになっていた。
「――白々しいな」
一族の上層部の者の包み込むようなその問いかけに――応えたのは司だった。
「そう言いつつ、単純におまえ達が『破滅の創世』様の加護を失いたくないだけだろう」
状況を踏まえた司はそう判断する。
「そうね……」
一族の上層部に意見する。
それを口にすることは、どこまでも簡単なようで、かなりの重責を担うことであるように観月には思えた。
「一族の上層部は『破滅の創世』様の神としての権能の一つである『神の加護』を有しているわ」
観月は一つ一つを噛みしめるように口にしてから視線を上げる。
「神のごとき強制的な支配力。それは天災さえも支配し、それを利用することができるわ。そして、一族の上層部をよく思っていなかった者達さえも、彼らに協力してしまうほどの力」
「ある意味、洗脳に近い力だな」
観月の説明を慧が補足する。
「そして、一族の上層部が有している神の加護は同じ一族の者には効果は及ばないけど、それ以外の者は影響を受けてしまう危険な力」
穏やかな静寂に一石を投じるように、一族の上層部の者達を凝視する。
握った両手に、観月は恐れるような想いとともに、求めるような気持ちを込め、そっと力を込めた。
「これ以上、みんなを苦しめるようなことは絶対にさせないわ!」
「まぁ、そういうことだ。悪いが、本部までの同行は俺達が受け持つぜ!」
慧は強い瞳で観月を見据える。
それは深い絶望に塗れながらも前に進む決意を湛えた眸だった。
一族の上層部の策謀。何一つ連中の思いどおりなど、させてやるものかと。
「ええ……もちろんよ……」
他に言葉は不要とばかりに、観月は優しい表情を浮かべていた。
二人の誓いはたった一つ。
奏多と結愛を護るためにこの状況を打開すること――一族の上層部の野望を挫(くじ)くために絶望の未来になる連鎖を断ち切ることだ。
「決められた運命なんかに絶対に負けたくないもの!」
観月の覚悟が決まる。
ここにいるみんなで神の加護に本気で抗う。
そして、『破滅の創世』の神意に立ち向かう。
観月は信じている。奇跡が起こることを。
奏多達が定められた運命を壊してくれることを。
「たとえ、あなた達が立ち塞がってきても、私達は奏多様を守ってみせる……」
拳を握り締めた観月は手加減はしないと意を決した。
「……ふむ。それは困りますね。我々も、ヒューゴ様から奏多様をお連れするように言われておりますので」
一族の上層部の一人は、観月達がそう言うのを待ち望んでいたように微笑んだ。
「そうさ。こいつらに、奏多様を迎えに行かせたのは俺だ」
空白。
あまりにも唐突な……ヒューゴの宣言に、奏多と結愛の思考が真っ白に染まってしまった。
数秒経って、ようやくひねり出せた言葉は微妙に震えていた。
「そ、それって……、慧にーさんが言っていたとおり……この人が一族の上層部の上部の一人……」
「はううっ……」
まさかの展開に、奏多と結愛の心が揺さぶる。
混乱は治まることはなく、むしろ深まっていた。