「司は、本部には何度も足を運んだことがあるのね」
「ああ。もっとも『境界線機関』の中で、何度も本部に足を運んだことがあるのは俺くらいだ」

観月の的確な疑問に、司は渋い表情を見せる。

「一族の上層部は『破滅の創世』様の神としての権能の一つである『神の加護』を有している。その力によって、今まで一族の上層部の本部は秘匿されていたからな」

だからこそ、一族の内情に詳しい『境界線機関』のリーダーである司は本部の案内人に適していた。
一方、機内をきょろきょろと見渡していた奏多と結愛を、客室乗務員が誘導する。

「川瀬奏多様と此ノ里結愛様のお席はこちらです」
「結愛、行こう!」
「はい、奏多くん」

奏多の呼びかけに、結愛はルンルン気分で席に向かう。

「やっぱり、乗務員全員に、奏多様達の情報が行き届いているのか。事前に伝えていたとはいえ、ここまで情報が伝達しているのは一族の上層部の仕業だろうな」

本来なら『破滅の創世』である奏多を、一族の上層部の本部に踏み入れさせるべきではないかもしれない。
それでも司は奏多と結愛の意思を尊重した。
信じるに足る光を、司は奏多達の中に見たのだから。





飛行機の機内は静寂に包まれている。
奏多達以外の乗客はまばらだった。

「それにしても尾行しているか。恐らく、機内の乗客に混じっているんだろうな」
「乗客に?」

そう話す慧はいつものように快活だった。
話を聞いている観月だけが目を瞬かせては大きく瞳を開いている。

「そのままの意味さ。一族の上層部が、あれしきのことで引き下がるわけがない。手っ取り早く尾行するのなら、乗客に扮して同行しているのが一番なんだよ」
「つまり、同じ飛行機に搭乗しているってこと?」

尾行に関わる話に観月が耳を傾けた、その刹那――

「尾行か……下らないことをするね。一族の上層部の人間は」

声は思わぬところから聞こえてきた。

「愚かなものだ。このような乗り物で、わたし達の目を欺けると思っているとは」

口にすれば、それ相応の苛立ちと嫌悪がにじみ出てくる。

「飛行中に、上空から襲ってくる。それは違うな」
「うん。上空から攻めても良かったんだけど、機内に混じれ込んだ方が、一族の上層部の人間の裏をかくことができるしね」

不意にこの場にそぐわない涼やかな声が響く。
慧と観月が慌てて振り向くと、そこには見覚えのある二人の少女が佇んでいた。

「ど、どうして……?」
「ほええ、最悪です。『破滅の創世』様の配下さん達が機内にいるですよ!」

奏多と結愛は混乱する頭でどうにか言葉を絞り出す。