神奏のフラグメンツ

「奏多くん、搭乗手続きは任せてください。『境界線機関』の基地本部の近くの空港は、いっぱい施設やお店があるんですよ。大定番は展望デッキってやつですね!」
「この近くの空港には、展望デッキがあるんだな」

結愛の言い分に、奏多は途方に暮れたようにため息を吐いた。

「結愛はこれから向かう空港に行ったことがあるんだな」
「はい。前にお父さんに連れていってもらったことがあるんです!」

奏多の戸惑いに元気の良い返事が返ってくる。結愛の食いつきが半端ない。

「さささ、どうぞどうぞ、奏多くん。空港までの案内は任せてください」

目標が定まったことで、結愛は熱い意気込みを見せた。

「あら、結愛は嬉しそうね」

元気溌剌な結愛の――妹の様子に、観月は満足げな表情を浮かべる。
幼い頃、世界のあらゆることに怯えていた妹は、今ではいつだって勢いで奏多のもとに走って行く。
躊躇うことだって知らない彼女はまっすぐに生きているのだ。
だからこそ、観月が心配になることは多い。

「でもね、空港は逆方向だと思うわ」
「ううぅ……厳しいです」

観月の説明に、結愛はしょんぼりと意気消沈する。

「奏多様、こちらです」
「結愛、行こう!」
「はい、奏多くん。今度は道を間違えませんよ」

『境界線機関』のリーダーである司は基地本部の案内人に適していた。
『境界線機関』の者達も、奏多と結愛の身を護りながら基地本部へ突き進む。
やがて、奏多達の視界に大きな空港が見えてきた。

「ふー、ようやくたどり着きました」

空港の到着ロビーで、結愛は喜色満面に大きく伸びをする。
この周辺の重要な飛行場としても設けられているようで、多くの人達が手荷物受取所に荷物を運ぶために行き来しているのが見受けられた。

「一族の上層部の本部。どんな場所なんだろうか」
「気になります……」

奏多と結愛の気がかりは、本部に赴いた時の一族の上層部の動向だ。

「一族の上層部は、私達の出方をどう思っているのかしら……?」

そう口火を切った観月は懸念を眸に湛えたままに重ねて問いかける。

「このまま、待っているつもりなのかしら?」
「いや、そんなわけねぇだろう。この状況になることを予め、推測していた、と考えるべきだ」

状況を踏まえた慧はそう判断する。

「むしろ、この空港で、一族の上層部が待ち構えている可能性が高いな」

一族の上層部の矜持。
その悪辣なやり方を紐解けば、全てが合致したからだ。
「それに『破滅の創世』の配下達の狙いは奏多様。『境界線機関』の基地本部を離れた以上、この空港で『破滅の創世』の配下達が襲ってこないとは限らないわ」

観月の胸中に言い知れない不安が蘇った。

「一族の上層部と『破滅の創世』の配下達が、私達に何も仕掛けてこないはずはない」

観月は周囲への警戒を強める。
『境界線機関』が警護に当たっている状況。
とはいえ、いずれは『破滅の創世』の配下達の妨害によって、目的の遂行は阻まれてしまうだろう。
それに慧と観月は一族の上層部に逆らうことができない理由がある。

「まぁ、俺と観月がこの場にいるのを放置しているのも、俺達が一族の上層部に逆らえねぇことを踏まえてのことだろうしな」
「奏多様を護るための一番の障害は、私達かもしれないわね」

それはただ事実を述べただけ。
だからこそ、余計に慧と観月は自身の置かれた状況に打ちのめされる。
神の力を行使できる今の奏多が完全に『破滅の創世』の記憶を取り戻そうとする可能性よりも、実際は一族の上層部が彼らを脅すためにそれを盾にしてくる可能性の方が高かった。
慧を蘇えらせて不死者にして利用したのは誰なのかは判明していない。
観月は、いまだ親友のまどかの洗脳が解けていない。
そして、一族の上層部の企みもいまだ不明のまま――。
奏多達の胸中は混迷をきわめていた。
しかし、搭乗手続きを終え、出発ロビーに向かうと――。

「奏多様。今回のご訪問の件を受けて、お迎えに参りました」

既に、一族の上層部の者達が待ち構えていた。

「これって一体……」
「この空港で、奏多様が来るのを待ち構えていたんだな」

奏多の疑問に、司は置かれた状況を説明する。

「その通りです。不滅の王レンが動き出した以上、我々も悠長に本部で待ち構えているわけにはいかなくなりました。前にお伝えしましたとおり、この世界に危機が迫っていますので」

そう前置きして、一族の上層部から告げられた奏多を出迎えた理由はあまりにも重すぎた。
この世界のみならず、多世界全てを巻き込んでしまう火種となりかねぬほどに。

「……幹部の動きの加速化」
「……ほええ、『破滅の創世』様と『破滅の創世』様の配下さん達の怒り?」

思わぬ事実を前にして、奏多と結愛は言葉が出なかった。
『破滅の創世』の配下達が今回、奏多に対して使った『破滅の創世』の記憶のカード。
その記憶のカードの中には、一族の上層部が犯した罪過への『破滅の創世』の憤懣がある。
ましてやそれが延々と折り重ねった憎しみに起因するものであるならば、もはや激昂に近いかもしれない。
『破滅の創世』である奏多であればこそ、その怒りを身に染みるほどに理解している。
完全に神の記憶を取り戻せば、何度も神としての憤りに――絶望視した過去に囚われてしまうかもしれない。
そして――

「『破滅の創世』の配下達は我々、一族の者だけではなく、この世界全ての者を許さないでしょう。奏多様が神の記憶を取り戻せば、間違いなくこの世界は滅びます」

一族の上層部という存在と決して交わることがないもの。
『破滅の創世』の配下と呼ばれる者達は一族の者共々、この世界を破壊し、『破滅の創世』の神の権能を取り戻そうとしている。
『破滅の創世』の記憶のカードを手に入れた彼らは、奏多が『破滅の創世』としての記憶を完全に取り戻した後、奏多の安全を確保した上でこの世界を滅ぼすだろう。

「世界の一つを滅ぼす、それは膨大で恐ろしく強大無比な破滅の力です。そして、その滅びの過程で他の――数多の世界が巻き添えを食う可能性があるのです」

一族の上層部の一人が深刻な面持ちで告げる。
苦渋に満ちたその顔からは、その奥にある感情の機敏までは読みきれない。

「あらゆる物事は『立場』が変われば『見え方』が変わるものです。もはや、この世界を守る方法は一つ。『破滅の創世』様にこのまま、記憶を封印した上で、人間として生きて頂くしか他はないのです」

少なくとも一族の上層部は、半ば盲目的に――あるいは狂信的にそう信じていた。
数多の世界の可能性を取り込んだこの世界で繰り返される『破滅の創世』という神の加護を用いた実験と解析。
その過程で顕現する『破滅の創世』の配下達という存在は、一族の上層部にとって看過できないものになっていた。

「――白々しいな」

一族の上層部の者の包み込むようなその問いかけに――応えたのは司だった。

「そう言いつつ、単純におまえ達が『破滅の創世』様の加護を失いたくないだけだろう」

状況を踏まえた司はそう判断する。

「そうね……」

一族の上層部に意見する。
それを口にすることは、どこまでも簡単なようで、かなりの重責を担うことであるように観月には思えた。

「一族の上層部は『破滅の創世』様の神としての権能の一つである『神の加護』を有しているわ」

観月は一つ一つを噛みしめるように口にしてから視線を上げる。
どこまでも続くような滑走路は思わず引き込まれそうになるほど、陽の光に満ちていた。
「神のごとき強制的な支配力。それは天災さえも支配し、それを利用することができるわ。そして、一族の上層部をよく思っていなかった者達さえも、彼らに協力してしまうほどの力」
「ある意味、洗脳に近い力だな」

観月の説明を慧が補足する。

「そして、一族の上層部が有している神の加護は同じ一族の者には効果は及ばないけど、それ以外の者は影響を受けてしまう危険な力」

穏やかな静寂に一石を投じるように、一族の上層部の者達を凝視する。
握った両手に、観月は恐れるような想いとともに、求めるような気持ちを込め、そっと力を込めた。

「これ以上、みんなを苦しめるようなことは絶対にさせないわ!」
「まぁ、そういうことだ。悪いが、本部までの同行は俺達が受け持つぜ!」

慧は強い瞳で観月を見据える。
それは深い絶望に塗れながらも前に進む決意を湛えた眸だった。
一族の上層部の策謀。何一つ連中の思いどおりなど、させてやるものかと。

「ええ……もちろんよ……」

他に言葉は不要とばかりに、観月は優しい表情を浮かべていた。
二人の誓いはたった一つ。
奏多と結愛を護るためにこの状況を打開すること――一族の上層部の野望を挫(くじ)くために絶望の未来になる連鎖を断ち切ることだ。

「決められた運命なんかに絶対に負けたくないもの!」

観月の覚悟が決まる。

ここにいるみんなで神の加護に本気で抗う。
そして、『破滅の創世』の神意に立ち向かう。

観月は信じている。奇跡が起こることを。
奏多達が定められた運命を壊してくれることを。

「たとえ、『破滅の創世』の配下達が立ち塞がってきても、私達は奏多様を守ってみせる……」

拳を握り締めた観月は手加減はしないと意を決した。

「……ふむ。それは困りますね。我々も、上部から奏多様をお連れするように言われておりますので」

一族の上層部の一人は、観月達がそう言うのを待ち望んでいたように微笑んだ。

「しかし、あなた方の言い分ももっともです」

観月達の切なる願いを踏まえた上で、一族の上層部の一人は息を飲む程に甘美な問答を求める。

「では、こうしませんか? 奏多様の警護は、これまでどおり、あなた方にお任せいたします。ただし、我々も、あなた方の同じ飛行機に搭乗します」

その語りかけは――その心の奥に観月達を利用する打算があるとは決して思えないような真摯な瞳と優しさに満ちた声音だった。

「此ノ里結愛さん。あなたはどう思いますか?」
「はううっ、それは……」

一族の上層部の一人による、突然の矛先の変更に、結愛はわたわたと明確に言葉を詰まらせた。
「『破滅の創世』の配下、そして幹部の力は強大です。我々も同行した方がよろしいかと。そう思いませんか?」
「そう思わないから断っているんだ」

司の率直な物言いに、一族の上層部の一人はその唇に「そうでしたね」と純粋な言葉を形取らせた。

「分かりました。では、我々は本部でお待ちしております。また、何かありましたら、すぐに奏多様のもとへ駆けつけますので」

一族の上層部の者達はそう言い残すと、出発ロビーから去っていった。

「何かあったら、か……」

一族の上層部の者達の最後の言葉は、奏多の瞳を揺らがせるのに十分すぎた。
観月は不安を端的に表した。

「司、どう思う?」
「当然、俺達を尾行してくるだろうな。だが、無下にはできない。『破滅の創世』の配下達、一族の上層部、どちらも相手にするのは分が悪すぎる」

恐らく、司の言葉は本心だろう。
司を始め、『境界線機関』の者達は一族の上層部を毛嫌いしている。
だが、しかし、その働きに感謝をせぬような無礼者でもなかった。

「とにかく、本部に急ごう。下手に詮索すると危険な感じがするからな」

司の意見はもっともだった。
『境界線機関』はこの世界の未来を担う、練度の高い精強な部隊である。
それに今回、司は一族の上層部が有している神の加護に備えて、警護部隊は一族の者達だけで構成している。
猛者ぞろいである『境界線機関』の者達相手に、先程の一族の上層部の者達のみで抗するのは無謀だ。
それなのに――一族の上層部の者達の表情には動揺の色は一切見られなかった。
まるで微笑ましい出来事があったように、穏やかな笑みを堪えていた。

「本部に着くまで、この緊迫した状況が続きそうだな」

あまりに複雑すぎる想いに苛まれて、奏多は表情を曇らせる。
神の魂の具現として生を受けたこと。
尋常ならざる力を持つことは同時に尋常ならぬ運命を背負うことになるのだと、奏多は身を持って知ってしまったから。

「よし、搭乗ゲートに向かおう」

司の号令の下に、一族の上層部本部へと多くの意志が踏み込む。
奏多達、そして『境界線機関』の者達が飛行機の機内へと。
過去を乗り越えるために、本部に向かおうとする者。
一族の上層部の本部の内部の把握を心に定めている者。
その事情は様々だろうが――とにかく誰も彼も一族の上層部の本部へ向かう心算なのは間違いなかった。

「遂にここまで来れたな……。俺達が一族の上層部の本部を目の当たりにできる日が来るなんてな」
「この飛行機なら本部の近くまでいけるけど、飛行中に上空から『破滅の創世』の配下達が襲ってこないとは限らないわ」

慧と観月は後方の奏多と結愛を守りながら搭乗口を抜け、機内へと入る。
機内を歩きながら、観月は改めて切り出した。
「司は、本部には何度も足を運んだことがあるのね」
「ああ。もっとも『境界線機関』の中で、何度も本部に足を運んだことがあるのは俺くらいだ」

観月の的確な疑問に、司は渋い表情を見せる。

「一族の上層部は『破滅の創世』様の神としての権能の一つである『神の加護』を有している。その力によって、今まで一族の上層部の本部は秘匿されていたからな」

だからこそ、一族の内情に詳しい『境界線機関』のリーダーである司は本部の案内人に適していた。
一方、機内をきょろきょろと見渡していた奏多と結愛を、客室乗務員が誘導する。

「川瀬奏多様と此ノ里結愛様のお席はこちらです」
「結愛、行こう!」
「はい、奏多くん」

奏多の呼びかけに、結愛はルンルン気分で席に向かう。

「やっぱり、乗務員全員に、奏多様達の情報が行き届いているのか。事前に伝えていたとはいえ、ここまで情報が伝達しているのは一族の上層部の仕業だろうな」

本来なら『破滅の創世』である奏多を、一族の上層部の本部に踏み入れさせるべきではないかもしれない。
それでも司は奏多と結愛の意思を尊重した。
信じるに足る光を、司は奏多達の中に見たのだから。





飛行機の機内は静寂に包まれている。
奏多達以外の乗客はまばらだった。

「それにしても尾行しているか。恐らく、機内の乗客に混じっているんだろうな」
「乗客に?」

そう話す慧はいつものように快活だった。
話を聞いている観月だけが目を瞬かせては大きく瞳を開いている。

「そのままの意味さ。一族の上層部が、あれしきのことで引き下がるわけがない。手っ取り早く尾行するのなら、乗客に扮して同行しているのが一番なんだよ」
「つまり、同じ飛行機に搭乗しているってこと?」

尾行に関わる話に観月が耳を傾けた、その刹那――

「尾行か……下らないことをするね。一族の上層部の人間は」

声は思わぬところから聞こえてきた。

「愚かなものだ。このような乗り物で、わたし達の目を欺けると思っているとは」

口にすれば、それ相応の苛立ちと嫌悪がにじみ出てくる。

「飛行中に、上空から襲ってくる。それは違うな」
「うん。上空から攻めても良かったんだけど、機内に混じれ込んだ方が、一族の上層部の人間の裏をかくことができるしね」

不意にこの場にそぐわない涼やかな声が響く。
慧と観月が慌てて振り向くと、そこには見覚えのある二人の少女が佇んでいた。

「ど、どうして……?」
「ほええ、最悪です。『破滅の創世』様の配下さん達が機内にいるですよ!」

奏多と結愛は混乱する頭でどうにか言葉を絞り出す。
「ちっ、『破滅の創世』の配下の奴らか」
「そんな……。どうやって? この飛行機は、一族の上層部によって、安全を維持されているはずなのに……」

慧と観月の反応も想定どおりだったというように、少女達の表情は変わらない。

「うん、そうだね。でも、一族の上層部はいつも固定観念にとらわれているからね。厳重警備態勢の中でも付け入る隙があるよ」

観月が抱いた疑問に、蒼い瞳の少女――アルリットが嬉々として応える。

「ねー、そこにいる、一族の上層部さん」
「……へえー。俺のことを気づいていたのか。こりゃ、盲点だったな」

アルリットの目に宿った殺意を前にしても、一族の上層部の男性は余裕綽々という感情を眸に乗せる。
一触即発な空気が流れる中。

「どうなっているの……?」
「つまり、『破滅の創世』の配下だけではなく、一族の上層部の奴も、この飛行機に潜入していたんだよ」

話の全貌が掴めない観月に応えるように、慧は不敵に笑う。

「で、恐らく、こいつは先程の一族の上層部の奴らが言っていた、上部の一人だろうさ」
「……奏多様をお連れするように告げた、一族の上層部の上部?」

観月が促すと、一族の上層部の男性は薄く笑みを浮かべて言った。

「そうさ。俺は一族の上層部の一人、不死のヒューゴ。浅湖慧、蒼天の王アルリットと同様に、貴様を亡霊にした元凶さ」
「なっ!」
「えっ?」

あまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、慧と観月は大きく目を見開いた。

「こいつが、俺を蘇らせたっていうのか……?」

思わず、息が詰まる。
慧は当惑し、その言葉の意味を飲み込むのに時間がかかった。

「そうさ。浅湖慧、貴様を生き返らせるのは一苦労したぞ」

空白。
あまりにも唐突な……ヒューゴの宣言に、奏多と結愛の思考が真っ白に染まってしまった。
数秒経って、ようやくひねり出せた言葉は微妙に震えていた。

「そ、それって……この人が、慧にーさんを……」
「はううっ……」

まさかの展開に、奏多と結愛の心が揺さぶる。
混乱は治まることはなく、むしろ深まっていた。

「……まさか、こんなところでお目にかかるとはな」

因縁の相手を前にして、慧は改めて、過去の出来事を掘り起こす。
重要な任務に失敗し、アルリットに殺害された後――。
『一族の上層部』に見逃がされたのは、あの時点で『揉め事』を増やすつもりがなかったからだろう。
それに自分はまだ、利用価値があると思われたのかもしれない。
奏多の……蒼真の兄として――。
蒼真は、本当に生まれない方が良かった『いのち』なのか――。
幼い慧の心に強烈に焼きついた蒼真の姿。
生きているはずの弟がいなくて、その家族だけがこの世界で今もどうしようもなく生きている。
過去だけがどこまでも優しくて、どうやったってそこに戻れない現実が悲しい。
忘れることなど出来ない。
大切な思い出の数々。
だから、どうしても面影を重ねてしまう。
心が渇望するように昔日を求めてしまっていた。
過去なんて捨てられるものではない。
決して忘れられない過去の先に、今も未来も繋がっているから。
大事な思い出を抱きしめたまま、この先も歩いていくしかないのだ。

「生まれない方が良かった……そんなわけねぇだろう……!」

奏多達を救うために。もう、逃げ出してはならないと慧は知っているから。

「観月、ここで何としても食い止めるぜ!」
「分かったわ」

様々な思いが過りつつも、慧と観月は動き出す。
穏やかならざる空気を纏う機内。奏多達がいる場所。そちらへと視線を滑らせて――。
奏多と蒼真は繋がっている。
『破滅の創世』の神魂の具現として。
もう慧は理解している。
疑いようもなく確信している。
それでもその言葉が欲しくて、慧は奏多に声をかけた。

「奏多、敵の視線をこちらに向けさせる。結愛と一緒に援護してくれ」
「分かった。慧にーさん」

奏多は即座に打開に動くべく、慧達のもとへと進んでいった。
今の自分がすべきことは、『破滅の創世』の配下達と一族の上層部の動きを止めることなのだから。
圧倒的な不利、後手に回る後手、それでも『境界線機関』の者達は希望を捨てていない。
それぞれが抱く感情は違えど、今ここに三つ巴の狼煙が上がった。





「『破滅の創世』様の神の権能の力に目を付けて、私欲のために利用している愚か者」

銀髪の少女――リディアが発した戦意の言葉は、刹那の迷いすらなかった。
最強の力を持つとされる神『破滅の創世』を人という器に封じ込め、神の力を自らの目的に利用する。その一族の行為は『破滅の創世』のみではなく、他の神全てに対しての裏切りだ。
『破滅の創世』の配下であるリディア達にとって決して看過できない行為だった。

「不死だと言ったな。その言葉、確かめさせてもらうよ」

リディアはそのまま無造作に右手を斜め上に振り払う。

「――っ! ……凄まじいねぇ」

たったそれだけの動作で、リディアはヒューゴとその周囲の者達を楽々と弾き飛ばした。
喰らった力の凄まじさはヒューゴがうめき、身動きが取れなくなるほどだ。

「リディア、分かってるとは思うけど、今回の目的は――」
「分かっているよ、アルリット」

リディアは振り返って、アルリットに微笑んだ。

「今回、わたし達が遂行することは、『破滅の創世』様を拠点にお連れすることだ。この場にいる一族の者の抹殺は二の次なのだろう」
「うん、頑張ろうね」

リディアとアルリットは会話を交わすことで、次なる連携を察し合う。
一族の者の戦力を出来るだけ削ぎながら、彼女達は本懐を求めることを第一にするのだろう。
「うわあああっーー!!」
「やばいぞ!! 逃げろーー!!」

飛行機の機内は大混乱に陥っていた。
奏多達以外の乗客は、身を焼くような焦燥に駆られる。
大急ぎで別の場所へと移動していく。

『破滅の創世』の配下達――。

それは人智の及ぶ存在ではない。
それは人の営みに害し得る、あるいは人の営みで抗し得る存在ではない。
それは生まれついた時から絶対的である。
其は神の愛し子。
――『破滅の創世』の配下達がそんな風に謳われたのは問答無用の真理としてただ、偉大であったからに違いない。
そんな相手に胸を掻きむしられる想いで対峙する者も居ただろう。
『破滅の創世』の配下達は胸の内に恐るべき憎悪を滾らせていたのだから――。

「観月、被害を出さないためにも、ここで何としても食い止めるぜ!」
「分かったわ」

様々な思いが過りつつも、慧と観月は動き出す。

「三つ巴の戦い。『破滅の創世』の配下達、一族の上層部、どちらも味方ではないわ。この混乱した状況を利用して、奏多様を狙ってくるかもしれない」

そこに疑いを挟む余地はない。
観月が口にしたその言葉が全てを物語っていた。

「そうだね。あたし達が今回、遂行することは『破滅の創世』様を拠点にお連れすること」

その一言一句に恐怖に駆られ、顔を強張らせる観月。

「なら、楽しませてもらうとするかねぇ」

逆にヒューゴは喜ばしいとばかりに笑んでいる。

「『破滅の創世』様が示した悲憤の神命。それは絶対に成し遂げなきゃならないことだから」

その為に動いている。
そう――目的はたった一つだけ。
遥か彼方より、『破滅の創世』の配下達の望みはそれだけだった。
だからこそ、大願とも呼べるその本懐を遂げるために一族の上層部をも利用しただけに過ぎないのだ。

静寂が満ちた。

一族の上層部にとって、最大の誤算は『破滅の創世』の配下達の存在だった。
彼女達さえいなければと思うことは幾度も起こり、そして今もまた起ころうとしている。
それでも戦うことを、挑むことをやめないのは、それが一族の上層部の矜恃に連なるものゆえか。

「不死能力。その能力、素晴らしいね。ねー、そこにいる、一族の上層部さん」
「……へえー。冬城聖花の時と同じように、俺の能力に目をつけたってわけか」

アルリットの目に宿った殺意を前にしても、ヒューゴは余裕綽々という感情を眸に乗せる。
一触即発な空気が流れる中。

「おっと、その前に浅湖慧、おまえに伝言があったんだ」
「ちっ、亡霊にしたこと以外に何かあるのか?」
「伝言?」

慧と観月の反応も想定どおりだったというように、ヒューゴの楽しそうな表情は変わらない。