うううっ……怖い、怖いよぉ……。
でも……。

結愛は怯えつつも、奏多の顔をその眸に焼きつける。
奏多の優しい言葉が、結愛と呼んだその声が、目が合えば笑ったその笑顔が、今日は見ることはできない。
神と人間は根源的に繋がらない。
不可視の関係性。
それでも――

「奏多くん……。私……奏多くんのあの演奏から私達と同じ人の心を感じたんです」

今までの出来事を通じて、結愛の中に生じた躊躇い。
時を忘れ、我を忘れ、全てを省みずに一心に突き進む。
それは人も神も同じなのかもしれないと――。

「人の心なんて知らなければよかった。知りたくなんてなかった」
「そ、そんな言い方ぁ、卑怯ですよぉ、奏多くん」

裏を知れば、同じ事象でも見方が変わる。
見方が変われば、怖かった世界も変わる。

「私はどんな奏多くんでも大好きですよ」

聖なる演奏の後ならば、ほんの少しだけ太陽に近づいてもいいだろうか。
その手を追いかけても構わないのだろうか。
また置いて行かれてしまったら、そんな囁きが結愛の胸を締めつける。

「だから、私にも奏多くんと同じ光景を――明日を見させてください」

伸ばし掛けた指先に冷たい孤独の破片が舞い降りて、結愛は独り残される恐怖を思い出した。
温かさの後の寒さは、怖くて辛くて、きっと耐えられないから。
ずっと、奏多の傍に居させてほしい。どうかこの命に奇跡の光を。

「ダメだったって言われても、私はずっと奏多くんの傍にいたいです」

奏多と歩む未来が見たいから。その平穏が欲しい。
それがいつになるか分からなくても、遠い遠い先の話であっても。
それをよすがに生きていくことが出来るから。
だから信じたい。奏多と結愛が出会ったのは悲劇ではなく、奇跡の始まりなのだと。





『破滅の創世』の配下であるリディアが『破滅の創世』である奏多を狙う、当然の帰結だ。
しかし想定外を前提に動く一族の者達と、狙い通りに立ち回るリディア達では行動の精度が違う。
動線の差は明らかだった

「今回、わたし達が遂行することは一族の者達が匿っている『破滅の創世』様の『記憶のカード』の確保だ。戯れ言を聞くことではない!」

一族の者のうち、記憶を封印する力を持つ此ノ里家の者達が主体となって奏多の神としての記憶を封じ込めた。
結愛は此ノ里家の者の一人であり、『破滅の創世』である奏多に想いを寄せている。それだけでリディアが敵と断ずるには十分すぎた。