「…………馬鹿ね」

戦場に訪れた穏やかな時間は、痛ましい傷を隠しているかのようだった。
吹く夜風に煽られて、観月は目を伏せる。

「本当に、私は馬鹿なんだから。今頃になって、司の真意に気づくなんて……」

観月は司があの日、告げていた言葉の重みに気づく。
司は物心ついた頃には、既に本当の家族はいなかった。
様々な過程を得て、『境界線機関』のリーダーになった。
それまでの間に、どんな苦悩があったのだろう。
どんなに辛かったんだろう。
どんなに苦しかったんだろう。
分からない。分からないけど。
だからこそ、司にとって、慧達は大切な仲間であり、大事な家族でもあった。

「家族……」

観月は『境界線機関』に捕縛された親友のまどかのことを切に思う。

『もう戻れないんだよ、観月ちゃん。私達はもう……!』

以前までは心の奥底で抱えていた記憶。
未だ鮮明に覚えている――目を閉じる度に思い出すまどかの憎しみの瞳が観月の心を抉る。
……辛い記憶ほど後を引くものだ。
楽しかった記憶はすぐに泡沫の夢のような思い出になってしまうというのに。

ずっと、どうしたらいいのか迷っていた。
ずっと、何もできなかった。

それでも奏多と結愛に打ち明けたことで、ようやく霧がかかっていた未来の道標がはっきりと輪郭を伴って見えてきた――。

『お姉ちゃん、大丈夫ですよ』

思い出すのは導くような結愛の穏やかな声音。

『私達が『破滅の創世』様の記憶のカードを手に入れたら、一族の上層部さんはきっと神の加護を容易に行使できなくなります。それに『破滅の創世』様の記憶を取り戻した奏多くんとも分かち合えます』

……そう、頼るのは寄りかかることではなく、こんな風にみんなと『分かち合う』こと。

『たとえが結愛らしいな』
『えへへ……奏多くんが奏でる演奏、最高です』

あの時、奏多の穏やかな声音に、結愛が勇気づけられたように。
時に頼って、時に頼られて。
互いに背負ったものを預け合い、共に生きていくことなのだ。

結愛、奏多様、慧、司。
不安なことがあったら、これからも頼らせて、ね。

観月は改めて、自らの偽りのない本音を自覚した。

「――たとえ、『破滅の創世』の配下達や一族の上層部が襲ってきても、奏多様を絶対に守ってみせる……」

拳を握り締めた観月は手加減はしないと意を決する。

かつての傷跡は気付けば、随分と保全されたものだ。
夜空を見上げれば、聖花とまどかと対立した光景が浮かぶようで。
隣に立っている奏多と結愛も、背後に立つ慧と司も。

今日を生きる者達は過去を越えてここに居る――。