「いや、動けないんじゃない。これは……」

奏多は刹那、気付いた。
身動きが取れない理由。それは内側から湧き上がる『破滅の創世』としての意思が、奏多の動きを制限しているからだと。
自身の記憶を取り戻すために――。

「早急に対応する必要がありそうです。『破滅の創世』様、ご無礼をお許しください」

レンはカードをかざすと、決意を込めた声でそう告げた。

「――っ」

その瞬間、奏多はまばゆい光に包まれて、意識が途切れそうになった。

レンがこの場で『破滅の創世』の記憶のカードを用いても、記憶を再封印されたことで、奏多が『破滅の創世』様の記憶を完全に取り戻すことはない。
しかし、それは言い換えれば、その事実が発覚した瞬間、今度は結愛達――此ノ里家の者達が狙われることを意味していた。

何とかしないと……。

朦朧とした意識の中、奏多はふらっと吸い寄せられるように、音もなく、一筋の光に吸い込まれていった。
靄(もや)がかかったように、視界が白く塗りつぶされていく。
身体の感覚も薄れて、まるで微睡みに落ちるようだった。
遠くなる意識の中、奏多は強く願う。

ずっと傍にいるって、結愛と約束したんだ。
だから、絶対に『破滅の創世』としての記憶に飲み込まれないーー。

その願った瞬間、望の意識は再び、闇に落ちる。
寂寞(せきばく)も冷えも焦りも、今は胸の底に沈んでいった。





ふと、奏多は目覚める。
寒い。
まるで吹雪く大地に立っているようだった。
しかし、胸元には温かい何かがあった。
とてもとても優しい、この冷たい中で、それは一際、熱を放っていた。
まるで守ってくれているように。

この温かい何かは何なんだろう?

怪訝に思う心とは裏腹に、奏多は言葉を吐き出す。それは奏多が抱いた想いを否定するものだった。

「人の心など、不要なものだ」

口にしたそれは自分が発したとは思えない無機質な、しかし懐かしさを感じさせる声だった。

人の心?

奏多は混乱する頭でどうにか想いを絞り出す。

この温かい何かは……人の心なのか。

そこに疑いを挟む余地はない。
この胸の温もりが全てを物語っていた。
再び、奏多は言葉を吐き出す。

「愚者の記憶などいらぬ。想い出など、必要ない」 

それだけで奏多がーー『破滅の創世』が不要と断ずるには十分すぎた。
三人の神のうち、最強の力を持つとされる神『破滅の創世』は創造物の反抗を絶対に許しはしない。
弁解も反論も必要ない。故に人々は諾々としてそれを受け入れるしかない。
だからこそ、奏多はこの世界全てにあまねく終焉を告げようとした時――。