「ここはご覧のとおりの状況で、お出しできるものも乏しいです。『破滅の創世』様の記憶が戻られる特別な日に、礼儀として、おもてなしできないことが惜しいですね」
「『破滅の創世』様、待っていてね。あたし達、必ず『破滅の創世』様の記憶を取り戻すよ」

非常に温和なレンの声音に呼応するように、アルリットは喜ばしいとばかりに笑んでいる。
奏多の――『破滅の創世』の記憶が戻るのを待ちわびるように。

「どうして、ここにいることが分かったの?」

観月の素朴な疑問に、アルリットはレンに視線を移す。

「『境界線機関』を監視する一族の上層部の内密者。アルリットが強奪した一族の上層部の人間の能力を用いて、彼らを利用する手配は済んでおりましたので」

奏多の姿を認めてから、レンはにこりと微笑んだ。
その瞬間、『境界線機関』の者達の一部が奏多の位置を確認し、即座に布陣する。

「なっ!」

奏多は自分を取り囲む『境界線機関』の者達を見つめた。

「こいつは……!」
「……どうなっているの?」

想定外の出来事を前にして、慧と観月は驚愕する。

「ど、どうして……?」
「ほええ、大変です。『境界線機関』の人達が奏多くんを取り囲んでいますよ!」

奏多と結愛は混乱する頭でどうにか言葉を絞り出す。

「ちっ、この状況も、『破滅の創世』の配下の奴らの仕業か」
「そんな……。これも冬城聖花の能力によるものなの……」

慧と観月の反応も想定どおりだったというように、アルリット達の表情は変わらない。

「うん、そうだね。この人間の能力は便利だよ」

観月が抱いた疑問に、アルリットが嬉々として応える。
そう、便利――あるいは使い道があるとでも言い換えてもいい。
その言葉の裏には『聖花の能力には利用価値がある』という事実がある。

奏多を取り囲む『境界線機関』の者達。
彼らはみな、虚ろな眼差しで、とても正気の沙汰とは思えなかった。

聖花の能力。相手の能力をコピーすることのできるそれは、この状況下でも絶対的な強さを発揮している。
恐らくは洗脳に近い力で操られているのだろう。

「皆さん、これ以上は行かせませんよ! 私達にとって奏多くんは大切な存在です!」
「……結愛!」

『境界線機関』の者達が何らかの方法で操られている。
何とか状況を飲み込んだ結愛は勇気を振り絞り、奏多の前に立った。

「『破滅の創世』様……!」
「おっと、アルリット。それ以上は行かせねえぜ!」

そう吐露したアルリットの前に慧もまた、立ち塞がる。