10年後
椿の花も何度も咲いて、落ちてを繰り返した。

僕はもう、あの病院の椿を久しく見てない。

でも、道を歩き、椿の花を見る度に彼女のことを思い出している。

彼女は美しく死ねたのだろうか。

そもそも死に美しい、美しくないはあるのだろうか。
ただ、十年前に僕は醜く生に縋るのは決して美しくないことでは無いと僕は知ることができた。



「あら、晴慈くんも来てくれたのね」
「おばさん……。お邪魔してます」
「いいのよ。この子も喜んでいるわ」

そう言っておばさんは僕の横にかがみ線香を立てる。

「おじさんは……」
「あの人なら今車を停めてくれているわ」
「後で挨拶に行きます」
「毎度律儀にありがとうね」

手を合わせるおばさんに僕ももう一度手を合わせる。

合掌する僕らの前には墓石と『花音采音』の文字。

おばさんが顔を上げたのを確認して僕も顔を上げる。

「晴慈くんは今はカメラマンやってるんだっけ」
「はい」

僕は病院を退院後はフリーのカメラマンとして全国各地を歩き回っている。

国内、国外を問わず多くの場所を歩き、風景を撮って、現地の人を撮って、動物を撮って。病院にいた頃には考えられなかった体験を沢山して過ごしている。

采音も言ったように写真には特別な力があると思う。
正確にはそう思うようになった。

あのアルバムと、文字を見て僕は采音の気持ちをダイレクトに受け取ったような感覚を受けた。

写真には人の気持ちに直接訴えかける力がある。

それに気づいた僕は僕らと同じような境遇な人に外の世界を見て欲しくて。色んな人の幸せな瞬間を収めたくてカメラを持つことを決意した。

「采音を色んなところに連れて行ってくれているのね」

結局僕は発作を起こした後、偶然部屋の前を通りがかった看護師に発見されて迅速な措置を受け一命を取り留めた。

その後、先生からドナーが見つかったことを知らされた。

普通、ドナーとして臓器を提供してくれた人の名前や素性は提供された人に明らかにされない。

しかも、心臓ともなればいい理由である方が稀であろう。

でも、僕は提供者の名前を知っている。

僕に心臓をくれた人の名前は『花音采音』

あの日、先生と真剣に話していたのはドナー登録についてだった。

僕は、采音に生かしてもらっているのだ。

采音には本当に最初から最後まで感謝してもしきれない。

「晴慈くんはこれからどうするの?」

僕はしばらく悩んだが、やっぱり答えは出なかった。

活動を初めてから次はどこへ行くべきかなんて考えてその地に訪れたことはなかった。

僕らが行きたくても行けなかった場所に行こうと思った瞬間ビュンと飛んでいく。

僕らは今、これをすることができるから。

「気の赴くままに。世界を見て来ようと思います!」