余命2週間の僕と余命1週間の君


「やぁ、采音。元気?」

日が傾きだして辺りがオレンジ色に色めき出した頃。

采音の面会がやっと許可されてからおばさん達の面会が終わったあと、僕は采音の病室に訪れた。

「元気!……って言えたら良かったんだけどな〜」

あはは……と笑う采音の瞳にはいつものような眩しいほどの光は宿っていなかった。

僕は采音のベットの隣の椅子に腰掛けた。

ベットに横たわっている采音の体には大量の管が繋がれていて、それが采音の命を取り留めていた。

それからは無言が続いた。

采音は僕とは反対方向にある窓の外の夕日をじっと眺め、沈むのを惜しむような目をしてた。

「実はね、私も昔は晴慈と同じで死んだような日々を送ってた」
「……うん、聞いたよ」
「あちゃ、お母さん言っちゃったんだ」

采音はバツの悪そうに頭をかいた。

「正直意外だった。僕の知る采音はいつも明るかったから」
「明るい私は晴慈をちゃんと照らせてた?」
「もちろん。ここまで立ち直れるくらいにはね。だから、今度は僕が采音を照らしたい」

あの話を聞いて決意した。

僕は采音を知っていたつもりになっていた。

僕らは自分の過去の話をずっと避けてきた。
暗黙の了解的な領域になっていたのだ。

でも、今は僕は心の底から采音を知りたい。知っていてあげたい。

これは僕のエゴだけど采音の昔の暗い記憶だってこの世から消えてしまってはいけないものだと思ったから。

「……昔は私も晴慈と同じだった。毎日が消費されていくように進んでいく日々だった」

采音が僕の手をそっと取った。

こうやって自分の心の暗い部分を人にさらけ出すのはとても怖いことなのを知っている。

人を悪く言ってしまうこと。自分だけどうして、と。
それを自分とは境遇が異なる人に言うことがどれほど怖いことかを。

僕も采音の手を握り返した。

その手は数日前に繋いだはずの手なのに前よりもずっと骨の形が分かるような手になっていた。

「きっと不幸なことが自分のアイデンティティになってたんだと思う。なんで私だけがって、どうしてって。死にたかったけど死にたくなくて、周りの人が生きてって言うから毎日私は生きていなきゃって思って過ごして、そんな矛盾を抱えながらいつが私の命日だろうって怯えてた。それが小学生の私が体験してことだった」

心の底から共感出来た。

僕らは生きていなくちゃいけなかった。

勝手にそう思って毎日を灰色の世界で過ごしてきた。

「毎日学校に行ってる人が羨ましかった。それと同時にむかついた。当たり前のように明日があると信じて疑わない人も!生きることができるのに死にたいと言っている人にも!何をしようとしても、もう一人の私が私に囁いてくるの。『どうせお前はすぐ死ぬんだから何をやっても無駄だ』って」

徐々に感情的になり、采音の目からは涙が溢れていて、大粒の雫がポロポロと白い布団に落ちていく。

「でもね」

涙を拭いて僕の目をしっかりとらえた采音の目にはいつものように後ろに見える夕日よりも眩しい光を放っていた。

「晴慈を見た時に気づいたの、この『特別』は私だけじゃなかったんだって。なんだかそう思うと心が軽くなったの。そして、これが私の最後の試練なんだなとも思った。この男の子を笑顔にしてみせることが私の死ぬ前に達成すべき目標なんだって」
「それじゃあ、その目標を完遂するために生きてくれ。これからも僕と一緒に……」

そこまで言いかけてハッとした。

「ごめんね」

采音が本当に悲しそうな顔をしていたから。

握られた手から暖かい温もりが、何故かとても心に響いた。

「ねぇ晴慈。この世には不平等だけが唯一平等に存在してる。そんな世界に私たちは生きている」

采音は机に置いてあるチェキのカメラ機に目を向けた。

「実はね、私昔は写真が嫌いだったんだ。お母さん達が撮ってくれた写真に写ってた私はどれも死んだような顔をしてて見ている私まで気分が落ちた。写真にはそんな力があったから。だから、私は晴慈と写真が撮りたかった。幸せな私も写真に残したくて。私が居なくなった後、晴慈が写真を見返した時に幸せな気分になれるように私たちの幸せな写真が撮りたかった。それがあの旅にカメラを持って行ったもう一個の理由」

遠い過去を見ていたような采音の目は今はしっかりの僕の目を捉えていた。

僕はその瞳をじっと見つめ返した。
逸らしたらダメな気がした。

「だから、晴慈。私が死んだ後、絶対に後追いなんてしようとしないで。あなたが死にたがっているその一分一秒を私は生きていたかったことを忘れないで。晴慈はこれから先の未来を生きていくべきなんだ」
「……できるかな。僕に」

不安になっている僕に采音はいつものような光を浴びせてくれる。

「できるよ。なんたって、晴慈を変えたのは私だからね」

屈託なく笑う采音の目には眩い光が戻っていた。

「なら、精一杯生きてみるよ。できるはずだ。だって、僕は君をずっと見てきたからね」
「うん。安心した」

采音は僕から目線を逸らし、病院の白い天井を仰いだ。

「この一週間。晴慈は楽しかった?」
「うん。もちろん」
「そっか。ねぇ、晴慈。私ちょっと眠いんだ」
「……ここ一週間歩き回ったからね。疲れたんだろう」
「そうだね。楽しかったなぁ……」

思い出すように、しみじみと思い出に浸るように、絞り出した声に僕の視界はどんどん滲んでいく。

「少し寝てもいいかな?やっぱりちょっと疲れたみたい」
「うん。ずっと手を繋いでてあげるよ。ずっと隣にいるからね」

それから安心したような顔で安らかに采音は言った。

「おやすみ。晴慈」