「ウッシ!」と気合を入れた志らくさんの声が聞こえて話すのを止めた。


前を向くと姿勢を正した志らくさんが祭壇ではなく私達の方に体を向けて立っている。

これまで朝拝や夕拝のときに待っていた巫女舞は御祭神に捧げるためのものだったから私達には背を向けて舞っていた。それに祭壇に背を向けることは御祭神に背を向けていることと同義なので良しとされていないからだ。

けれど、今回は禰宜の為に舞う。志らくさんは禰宜の少し離れた前に達、視線を逸らすことなくまっすぐ見据えた。



背筋を伸ばし腰から頭を下げる。お手本のような綺麗な礼だった。


すっと両手を広げた志らくさんは胸の前でパンッ!と柏手を打ち鳴らす。


その瞬間、目の前で星が散ったような眩しさを感じた。

音の波形が体の髄を通って脳を震わせる。手足が痺れた。嫌な痛みじゃない、むしろ自分の眠っていた体を叩き起すような五感をクリアにさせる刺激だった。



志らくさんが舞う。

音は無い、その衣擦れの音と柏手と足踏みの音がこの舞の音楽だった。

その舞はまるで前に何かで見た沖の海上を描いた浮世絵のようだった。広げた両手は大波を引き連れ、はためく装束は岩を砕く白波。大胆な足さばきは濁流のようだった。


まるで志らくさんが海の中心にいて、海の全てを司り操っているような。


身体中に押し寄せる、大波が、力が。飲み込まれる、濁流に、力に。

それは到底抗えることなんて出来ない、とてつもなく強大な力だ。