あれはノツゴだ。山道で人を驚かせたり転ばせたりする妖で、その正体は不遇な死を遂げた子供の霊魂だ。

修祓の優先度はかなり低いけれど、危害を加える場合は修祓ではなく水子供養の祭詞を奏上することを推奨されている。

『────生は楽し 死も亦楽し 退(まか)るとは神の(みかど)に生きるの(いひ)なりと知れ』

聞いた事のない祝詞だったがおそらく水子供養の祝詞だろう。

途端に足元に蔓延っていた泥の塊は優しい光に包み込まれ空気中に溶けていく。

『ここまで数が多いとかなり厄介ですね』

『ああ。しかし全て修祓しない限りは、ここから動けそうにない。我々だけならまだしも、奥にいるのは年配の方が多い』

厳しい表情を向けた先には、むき出しになった山肌の傍で雨に打たれながら座り込んでいる複数の人影があった。

『皆さん、もうすぐ戻れますからね!』

『雨が降ってきました! 雨具がある方は着用して、雨に体力を奪われないようにしてください!』

不安げに頷く人達は年配の方が多かった。服装はちょっとした山登りをするような格好でおそらくハイキングか何かをしていたんだろう。

雨足が強くなる。風も出てきた。ゴゥゴゥと嫌な音が山の中を吹き抜ける。

『まずいな……少し急ぐぞ!』

神職さまのひとりがそう声をあげたその時だった。

ゴゴゴ、と地響きのような音がして大地が僅かに揺れた。地震か?と誰かが呟いたその瞬間、むき出しの山肌がずるりと動いた。