「あのさ恵衣くん。薫先生にも一度相談した方が、」


いいんじゃないかな、と言おうとしたその時、誰かが遠くから「ごめんください」と呼びかける声がして言葉をとめた。

恵衣くんにもそれは聞こえたらしく私達は歩みを止める。


「聞こえたか?」

「う、うん。ごめんくださいって」


首をめぐらせるともう一度「ごめんください」という声が聞こえる。高い声、女の人みたいだ。

聞こえたのは表の鳥居だ。


「表の鳥居の方からじゃない……? こんな時間にどうして」


表の鳥居、人が参拝のために通る鳥居は夕拝が始まる前に立ち入り禁止の看板が出される。そもそも鳥居を目指して歩いても鎮守の森の結界が人を拒み、人は寄りつけないはずだ。

妖は表の鳥居とは正反対の位置にある裏の鳥居から入ってくるし、やはりこの時間に表の鳥居から声がするのは妙だ。

鳥居へ向かって歩き出した恵衣くんを慌てて追いかける。


参道から鳥居へ続く階段を数段降りると、鳥居の前に佇む人影を見た。

藍色の和服を来た女性だった。腰の長さまである黄色みがかった茶色い髪は緩く波打ち、袖から伸びる手足は透き通るような白肌。

こちらを見上げる赤い瞳と目が合った。血を彷彿させる赤黒い瞳がじっとこちらを見つめている。やがて目がすっと細められると、真っ赤な口紅が引かれた唇がにぃと弧を描く。

とても綺麗な人だ。綺麗なのに同時にどこか不気味で胸騒ぎがする。


「ああ、良かった。来て下さって助かりました。足を痛めてしもて階段を一人で登れんくて。手貸してもらえるやろか」


子猫に話しかけるように甘い声だ。

脳の芯にじんわり響いて、思考がぼんやりと白濁する。