まるでスローモーションでも見ているかのようだった。
首を向けた先で私を掴んだ手と反対の手で来光くんの体を止めると、同じように踊り場へ突き飛ばす。
「────振り返るな、走れッ!」
切れ長の目を見開いて私に向かって怒鳴るように叫んだ。
「恵衣くんッ!」
そう叫んだ私の声はほとんど悲鳴だった。差し出した手は宙を掴む。
投げ出された恵衣くんの体は一直線にそれに向かって落ちていく。
それがにたりと笑ったような気がした。鋭い爪の生えた手を振り下ろしたその瞬間、目の前で赤が散った。
絵具を含んだ筆を勢いよく振り下ろしたように鮮赤が私の顔に降りかかる。尻もちをついた。
大きな荷物が落ちる鈍い音がした。
呆然とその音を聞いてハッと我に返った。震えて脚が言うこと聞かず、這うように踊り場から顔を出し階段の下を見下ろす。
二階の廊下にうつ伏せで倒れる人の姿。白い白衣にじんわりと赤が滲み瞬く間に真っ赤に染め上げる。
ピクリとも動かない。瞼は力なく閉じられて見える頬はどんどん白くなっていく。
「え、い……くん?」
喉が震えた。まともに名前すら呼べない。
そんな、だって。どうして。
「立って巫寿ちゃん! 立つんだ早く! 走れッ!!」
もの凄い力で二の腕を引かれた。
その勢いで立ち上がれば勝手に脚が回り出す。