以前、節分祭の時に志らくさんに教えて貰った「利他的行動」という言葉を思い出した。
自己の損失を顧みず他者の利益になるように行動することを指す言葉で、これが神職の理想像らしい。
志らくさんから教えて貰った後、そんな事をできる人なんて滅多に居ないんじゃないかとずっと思っていたけれど、今思えばまさに来光くんこそがこの理想像に一番近いのかもしれない。
今の私たちの中で誰よりも神職の本質を理解しているのは、間違いなく来光くんだ。
「過ち犯しけむ禍事を見直し聞き直して教へ給ひ諭し給ひ霊の真澄の鏡弥照りに照り輝かしめ給ひて愈愈高き大命を寄さし給ひ身は健やかに家内睦び栄へしめ給ひ」
吹き荒れていた残穢の勢いが弱まった。
耳鳴りのように聞こえていた妖たちの悲鳴が凪いでいく。
「永遠に天下四方の國民を安けく在らしめ給へと恐こみ恐こみも白す────!」
私たちを中心に、燃え盛る火を吹き消すように心地よい風がぶわりと吹き抜けた。埃っぽい部屋の窓を開けた瞬間のような澄んだ空気が駆け巡る。
嫌な耳鳴りは誰かの寝息のような優しい音になり、やがて静寂へ帰った。
視界が晴れて静かになった廊下を見渡し、来光くんが拳を差し出した。
笑ってその手に拳をぶつける。
「ほら恵衣も」
「……調子に乗るな変異種」
「ノリ悪〜い」
「うるさい黙れッ!」
差し出された拳を手の甲ではたいた恵衣くんがつかつかと歩き出す。
来光くんと顔を見合せて笑い、その背中を追いかけた。