思えば来光くんが書宿の明を使うところを見るのは初めてだった。
袱紗の上に長方形の和紙を用意すると地面に膝をつき前かがみになった。筆ペンのキャップを口で外す。
いつになく真剣な横顔。目を閉じてひとつ深く息をした。
「お願い」
その横にしゃがんだ恵衣くんがひとつ頷く。スッと息を吸った。
「身体を護る神自凝島 髪肌を護る神八尋之殿 魂魄を護る神日之大神 心上を護る神月乃大神 行年を護る神星乃大神────」
その唇は淡々と言葉だけを紡ぐ。
そして来光くんが筆先を紙にそっと置いた次の瞬間、墨汁が滲むよりも先に引いた線が青白く光った。
来光くんの髪がぶわりと浮いた。筆を握る手が小刻みに震え出す。苦しげに息を詰まらせながらも必死に腕を動かし続ける。
「謹請甲弓山鬼大神此の座に降臨し 邪気悪鬼を縛り給え 無上霊宝神道加持────」
紡がれる文字は次々と光り輝き紙に刻まれていく。まるで星が紙の上で輝いているようだ。
美しい光景に息を飲んだ。
「謹請天照大神 邪気妖怪を退治し給え 天の諸手にて縛り給え 地の諸手に縛り給え 天地陰陽神変通力────」
最後の一言が紡がれると同時に、最後のひと文字を書ききった。光が膨張し紙全体を包み込むと、一文字一文字に染み込んでいくようにゆっくりと消えていく。