一学期の放課後、学校内を歩いていると『お嬢さーん』という声がして足を止めた。辺りを見回しても誰もいなくて空耳かと思って通り過ぎようとしたけれど、やっぱり『こっちじゃこっち、無視するでない〜』という声が聞こえた。
声の方に歩みを進めると、やがて男子トイレに辿り着いた。
流石に中に入るのは気が引けるので、周りをキョロキョロ見渡したあとドアに近づき耳を澄ます。
『扉の前に居るか〜?』
やっぱり男子トイレの中から声が聞こえた。
「えっと……います」
『バァッ!』
返事をした途端、そんな声が帰ってきた。
反応に困って沈黙する。
『久しぶりに来た編入生の事を、ずっと驚かしたかったんじゃ〜。しかし今の時代女子トイレに入ったりすれば、瞬く間に祓われてしまうからのぉ』
楽しそうな声でそう言ったトイレの中の人。
正直全く驚いてないんだけどな、と心の中でつぶやく。
『顔を合わせて喋る事はないじゃろうが、以後お見知りおきを〜』
急いで寮に帰って皆に教えてもらった情報によるとその愉快な声の主はやっぱり妖だったらしい。全国津々浦々の和式トイレに住む青坊主という妖怪なんだとか。
顔を合わせることはないと言ったのは、数年前に女子トイレで女子生徒を驚かせた際にご両親からクレームが来て立ち入り禁止になったらしい。
前も思ったけれど、妖もコンプラを守らないといけない時代とは何とも世知辛い。
とまあそんな感じで和式トイレがあれば基本バアッと飛び出してきて驚かせようとする愉快な妖だ。