「巫寿、そろそろ22時だからあがって」
紅白の幕で仕切られた裏からそんな声が聞こえて、隙間からひょこりと顔を出すその人物。
「わ、鼻真っ赤。ここ寒いもんな、大丈夫?」
白衣に浅葱色の袴をみにつけ神職の出で立ちをしたその人は、私の兄、椎名祝寿だ。
「凍えるかと思った……! 早く交代して、お兄ちゃん」
「ははは、分かった分かった。戻る前に社務所寄っていきな。巫女頭が夜勤の神職用に豚汁とおにぎり用意してくれてるから」
「やった、じゃあ後はよろしくね」
「おう」
ぽんと私の頭を叩いたお兄ちゃんと入れ替わって、紅白の幕をくぐり抜けて授与所の外に出た。
もうあと2時間もすれば年越しを知らせる報鼓が叩かれる。それを聞きに集まった人達────今日の場合は人よりも人ならざる者の方が多いのだけれど、とにかく沢山の人たちで社頭は賑わっていた。
「良い月夜ですね、巫女さま」
「巫女さま、良い月夜だね!」
自分に駆け寄ってきてそう声をかけてきたのは、体は人の姿で獣耳に鋭い牙を持つ子供たち。
普通の人には見えな彼らのような不思議な存在を、私たちは"妖"と呼んでいる。
「良い月夜だね……!」
未だに妖の姿は見慣れないけれど、笑顔で手を振り返す。
彼らの世界ではそう挨拶するのだと教えてもらった。