その時、重苦しいこの部屋の空気を切り裂くような鋭い柏手がドアの向こうで響いた。

冷たい水を頭からかけられたかのように背筋が伸びるような心地がした。


高天原(たかまがはら)神留(かむづま)()す 皇親神漏岐(すめらがむつかろぎ) 神漏美(かむろみ)(みこと)(もち)て 八百萬神等(やおよろずのかみたち)神集(かむつど)へに(つど)(たま)ひ 神議(かむはか)りに(はか)(たま)ひ────」


不思議な言葉の羅列だった。生まれて一度も聞いたことがない。

ただその言葉と音はとても心地よかった。

身体中に纏わりついていた重いものがその音に絡まって、ひとつずつ、ひとつずつ解けていくような感覚がする。

息が出来る。あんなに苦しかったのにその音に包まれていると、息ができるような気がした。


布団から顔を出して座る。優しい音が最後の音を紡いで終わった。

きぃ、と音を立てて静かにドアが開く。


差し込む光に顔を顰めた。久しぶりに見た光だった。

色鮮やかな紫色が目に飛び込んでくる。袴だ、紫色の袴だった。

長身の男が立っていた。目鼻立ちの整った綺麗な顔をしていた。

目が合う。彼は微笑んだ。



「おいで、来光。こんな所にいたらどんどん腐っちゃうよ。時には自分から捨てることも大事だ」


薫さん、と後ろに控えていた黒いスーツの男が窘めるように声を上げた。

そんな声には耳も傾けず、男はずかずかと中へ入ってくると僕のそばに膝を着いた。